小鳥救出した話

大学2年の頃の話である。 学校のキャンパス内の寮の目の前で飛べない小鳥がヨチヨチと歩いていた。 問題なのが、その鳥が半ナマなのである。 私の乏しい語彙力では半ナマ以上の表現が全く思いつかないのだが、例えるなら理科室の人体模型のように血管が見えていて、少し羽が生えている状態だった。ああ、こいつは間違いなく事故った鳥だ、と私は思った。 見捨てて寮に戻る事もできたが、寮の前は車の通る道路なので無視する=見殺しになる。 私の中に僅かに残る良心から、半ナマの鳥をすくい上げて手のひらに乗せた。 間近で見ると更に気持ち悪い。人間9割が見た目らしいが、多分鳥もそうだろう。 しかしながら事故った半ナマの鳥に罪はない、命は地球より重いのだ。飛べない半ナマの野鳥は焼き鳥にもならないが。 さて、問題はここから。この半ナマ鳥をどうするかだ。 こっそりと寮で育てるのもアリだな、鳥なんて飼ったことないから飼い方をググらなければ。 内緒でペットを飼う、秘密を持った子供のようにウキウキしてきた。 怪我が治って羽が生えたら窓から解放して自然に戻してやろう、と私の中で完全なる美しい脚本が出来上がっていた。 左手のひらに半ナマ鳥を乗せ、ちょうど釈迦が瞑想する具合の手つきで寮の受付に入った。 すると、受付のオバちゃんに “NO PET!”と一喝されてしまった。 久しぶりに良いことをしたので、完全なる瞑想トランス状態に陥っていた私は左手のひらの半ナマ鳥の存在を忘れていたのだ。 救出しておいて数秒で忘れるとはなかなか薄情で、今後鳥の育て主となるのも考えものである。 私「寮の前で拾ったんですけど。」 受付「わかったけど、ノー・ペット。」 今更ポケットに半ナマ鳥を忍ばせてもバレバレである。ああ困ったどうしよう。 半ナマ鳥を左手のひらに乗せたまま、途方に暮れて受付をウロついていると、寮生の女の子が鳥を見て “Oh, Baby Bird!”(あら、鳥の赤ちゃん!) この時、私は初めて半ナマ鳥が事故った鳥ではなく鳥の赤子だと認識した。 なるほど、だから飛べないでヨチヨチ歩きで血管が見えた半ナマなのだ。 「道に落ちてたんだけど、どうしようかしら。」 私が女の子に相談すると、彼女 「多分、鳥の巣から落ちちゃった子だから、巣に戻さないとね。でも人間の匂いがついたら親鳥が食べてしまうって噂があるから、それは良くないな。ちょっと待ってて」 と、彼女は受付横のコンピュータ室に行って何やらリサーチしだした。 手のひらの半ナマ鳥のコンディションと、私が鳥を持ち込まないか厳しく見張っている受付のおばちゃんの二つのプレッシャーから、判決待ちの被告のような緊張感に見舞われていた。 結果的に、女の子がアニマル・コントロールにわざわざ電話して、半ナマを巣に戻しても問題無いか確認してくれた。… Continue reading

りんごの娘

とある学生アパート。 当時、大学一回生で東京に住んでいた。 深夜1時頃、課題の映像編集が終わらず、徹夜覚悟で挑んでいたので、 軽く覚醒ポイントに突入している時間帯だった。 すると、ドアを叩く音がする。こんな深夜に誰だ? セキュリティ万全のアパートだったので、多分泥棒ではないだろう。 むしろ、泥棒が丁寧にドア叩いて入って来る訳がない。 覗き穴に映ったのは、寝巻き姿の可愛い女の子だった。 不信人物には見えなかったので、取りあえずドアを開ける。 女の子「助けて下さい、気分が悪いんです…。」 著者「え?それは大変!大丈夫ですか?救急車呼びましょうか??」 女の子「いえ…救急車は大丈夫です。隣に住んでるのですが、東京に着たばかりで ホームシックにかかってしまいました。不安で3日3晩眠れなくて、気分が悪いんです…、今夜、泊めてもらってもいいですか?」 取ってつけたような三流ドラマ展開。 著者が男性ならば内心ガッツポーズで浮き足立っていたのだろうけど、あいにくアパートは女子寮だった。 どう見ても悪そうな子ではない、他人を疑うことを知らない目をしている。 それに本当に顔色が悪い。何れにせよ徹夜の予定で、 おまけに取られて困るような物は何一つ持っていない。 追い返すのも可哀相なので、泊めてあげる事にした。 著者「何か飲みますか?ココアとかありますよ?」 初めての家デートを思わせるあの緊張感、ただし今回の相手は少し特殊。 女の子「いえ、大丈夫です。」 気分が悪そうだったので、取りあえず布団に入るよう促した。 安心したのか、すやすやと眠る女の子、眠眠打破片手に編集を続ける著者。 ワンルームアパートであることも手伝って、訳の分からぬ緊張感が漂ったまま朝を迎えた。 女の子「ありがとうございました!お陰様でぐっすり眠れました!」 元気な顔色を取り戻した様子で何より。 著者「いえいえ、いつでもどうぞ…。」 寝不足が手伝い、バトンタッチで青白い顔の著者…。 それにしても、普通のアパートで彼女が同じ行動に出ていたかと思うと、 想像するだけで恐ろしい。なんせ東京、あらゆる所に危険が潜んでいる。 翌朝、大学の友人に上記の旨を話す。 友人「お前、いい人過ぎ!俺なら絶対追い返すよ!」… Continue reading

NYストリップクラブ裏事情

常にお金がない。しかし、今カメラに限界を感じているので、そろそろ買い替え時と思っていた。 時給約760円の出版社で働いていた頃は、魔が差したのと好奇心でキャバクラで副業をしていたが、結局誰からも指名されない給料泥棒ブスヘルプ嬢のまま一年もダラダラ勤務、女性としてのヒエラルキーの立ち位置を身を以て実感し、心折れて引退した(詳しくはこちら)現役の友達から時々ヘルプのお誘いが来て心が揺れるものの、今更キャバクラには戻れない。つか、どうせ稼げないし単発で撮影してる方が稼げる。ただ、単発で撮影の仕事なんぞ、素人に毛が生えた程度の私にそうそう舞い込んでくるものでもなく、良い給料の撮影には良いカメラとレンズが必要である。 そんな私の残されたオプション、ストリップクラブである。 そこそこ年のいったオバハンでも案外働ける、さすが自由の国アメリカだ。 これは完全なるブスあるあるだが、ブスはポールダンスに憧れる傾向にある。 ポールにねっとりと絡みつく半裸のセクシーなお姉ちゃん、映画なんかでよくあるシーンだが、あれがとてつもなくカッコよく見えて一度やってみたいという願望に駆られる事が多い。現実世界で男に相手にされないので、ああゆう過激でセクシーなものに憧れるという訳だ。自尊心の低い人間には、歪んだ承認欲求が生涯つきまとう。美しい女性は脱がなくても、存在しているだけでモテるので、その発想に至ることが少ないはず。 実際、興味本位でポールダンスのレッスンを受けたことがあるが、私も含めて見事に地味な姉ちゃんばかりが集っていて驚いた。 インストラクターの先生は意外にも元ポールダンサーというよりかは元チアリーダーだったり現役ダンサーだったりと、健康的にキレイな人ばかりだった。 そんなこんなで、体入(体験入店)してみたい、とインターネットで情報収集したり”HOW TO BECOME A STRIPPER”とストリッパーになる方法を調べていた矢先、私の友達(日本人)が体入したことがあると言い出したのだ!しかし、話を聞いてみると、キャバクラ嬢より大変そうだったので驚いた。 -house feeというお店に支払う料金が発生する -化粧室のメイク係のおばちゃんに払うチップ代 -しょうもない曲をかけているDJに払うチップ代 上記を総計すると、一晩あたり、約$120 (1万5千円くらい)お店に払わなければならないらしい。要するに、一晩で最低は$120以上稼がないとマイナスになってしまう訳だ。うまいこと出来ている。 稼ぎは主に客からのチップ、ポールダンスでパンティの間にドル札を挟み込むアレだ。それと、10分あたり$20で嬢に馬乗りになってまとわりついてもらう、ラップダンスが主な収入源だ。ステージに立っていない嬢は客席をウロついて「ラップダンス踊ろうか?」と営業をかけてくる。 キャバクラ時代は上記のようなノルマはなかったので、余り物ヘルプ嬢の私でもどうにかなっていたが、ストリッパーはそうはいかないらしい。一見、華やかな世界は金と性欲の渦巻く排水口である。 客として何度か行ったことあるが、とにかく女の子の多さ(と露出度の高さ)に圧倒されると同時に、全員の取り分があるのか?と頭を過ぎった。私のいたキャバクラは多くても20人位だったが、ストリップはタイムズスクエアの人気店で50人近く女の子がいた。あの多さでノルマがあるとなると、客の取り合いになる事が予想されるので、文字通り女の足の引っ張り合い泥沼サスペンス劇場をライブで観れるという訳だ。こうなってくると、お金を稼ぐよりも、裏側を覗いてみたい好奇心に溢れ返ってきた。友達に、house feeのかからないクラブを紹介してもらったので、前向きに検討し出した矢先の話。 ブラジャーを買い換えにビクxリア・シークレットに行った際に「そんな小さいサイズ置いてないから、ティーンセクション行ってくれる?」と冷たくあしらわれてしまったのだ。ティーンセクションにも思った品がなく、結局怪しい中国系のサイトでスポブラをまとめ買いした。乳のサイズのみならず、よくよく考えてみれば加齢に伴って腹も出ている上に、クビレが知らぬ間に蒸発している。乳のない土偶である。この体では指名どころか、雇って貰えるかすら怪しい。プラス、ポールダンスは踊れなくてもよいが、当たり前だが踊れる子が稼げるらしい。スタジオに通ってダンスを極めるにも月謝が$200(約2万5千円)と結構な値段の上に血の滲む努力、自宅に練習用ポールを買うとなると更なる費用が必要である。結果的に今回のストリップデビューは見送りとなった。私はストリップ嬢という仕事を甘く見すぎていた。 要するに、楽な仕事なんぞないので、楽して稼ごうとするな、という事だ。

クズ男名言集

NY在住のアラサー女性から聞いた! 行き場のない、クズ男のリアルな名言集。 ※過激な下ネタを含んでおりますので、ご注意下さい。 レディース・アンド・ジェントルメン! アー•ユー•レディーーーー??? ファイッ!!!!! (カーーーーン) 「俺の写真撮ってよ。」 →アー写(キメ顔ポートレート)撮ってって言ってくる一般人 (著者•ギリ20代) ”The pizza is peasant food. I don’t eat that. ” (ピザ2切れ目を片手に)「ピザは田舎者の食べ物だから、僕は基本的に食べない。」 →むしろ、おかわりしてるのだが…。期待を裏切らない百貫デブ。 (著者•ギリ20代) 「俺はかつて、神童と言われていた。」 →prodigy?って聞いたら「なにそれ」 英語で神童って意味よ、って丁寧に教えてあげた。 英語勉強しにニューヨーク来てる「神童」なのにわかんないのね。 (著者・ギリ20代) 「それ、私の担当じゃないんでー」 Aさん『そして、部下に仕事をなすりつける。』 (Aさん•20代後半) 「俺、アウトローだから。普通じゃないから。」 Bさん『アウトローでも日本へ帰国後は大手にコネがあるので就職するそうです。』… Continue reading

アナ雪と王室コンプレックスとアメリカのプリンセス

一足出遅れて、今更「アナと雪の女王」を観た。 定評通り良い映画だったが、捻くれ者の私が一番印象に残った事といえば、 「やっぱり、アメリカって欧州(特に英国)の王室に劣等感抱いてるんちゃうん。」 そうゆえば、幼少期に何本も観たディズニー映画の殆どの主人公が「王室のプリンセス」だった事も思い出した。 アメリカの会社で働き出して気付けば四年目。 アメリカ人に囲まれて生活しているのだが、やはり彼らと話していると所々に王室(特にイギリス)コンプレックスが感じ取れるのだ。 例えば、 •やたらとハリウッド•セレブリティ達の私生活について話したがる →日本の場合、皇室のスーパーロイヤルな生活ってどうなのかしら?と時々ネタになるが、 米国でそれ同等の度を超したお金持ちな人というと、CEOだのハリウッドスターだのに行き着いてしまう。 •一部上司は、いかに自分がお金持ちの家で育ったか、4つ星以上のホテルにしか宿泊しない、別荘が3件ある、など、聞いてもいないのに話したがる。 →窓のない家でゴキブリとネズミと南京虫と共存し、掃除出来ない某発展途上国の男性4人のルームメイトと住んでいたのよアタシ!と貧乏自慢で対抗した所「アンタ、なんで日本に帰らなかったの?頭おかしいんじゃないの?」ってばっさり斬られてションボリした。帰るなんて選択肢はなかったのよ!オメーラにはわかんねだろうけどよおおおお! •旅行で行ったパリや英国の宮殿の美しさについて語る →イギリスといえば音楽じゃないの?と、私はもちろん話に入れない •事務のおねーちゃんに英国人がいるのだが、彼女に対しては興味深く、憧れを抱きながら質問するのに対し、ちっこい島国ジャパン出身の私には、どちらかと言うとアフリカ圏の民族への好奇心と似たような心持ちで質問されるのである。オフィスでパンダなのだ、私は。パンダは中国産だが奴らに取っては皆一緒、これは思い込みではない。私には分かる。 •高級貴金属の会社なのだが、そうゆえばジュエリーのデザインも「英国エリザベス女王が付けてたやつ取りあえず真似した」みたいな商品がたくさんあった。 このように、会話の節々に歴史ある欧州(だから特にイギリス)に対するコンプレックスが見え隠れするのだ。 全く可愛くない考察だが、ディズニー映画もこの王室コンプレックスの裏返しがそのまま反映されているのではないか、と私は思う。 ところで、アメリカで「プリンセス」と言うと「ワガママな女」の比喩になる。 「あの子ったら、本当に自分の事ばかりよね。」 『仕方ないだろ、彼女は”プリンセス”なんだから』(“She is a princess!”) どんなワガママを言っても許されると思っている=プリンセス、と皮肉った表現になる。 アナ雪に出ていた主人公アナは、典型的な白人アメリカ女を的確に表したキャラクターだ。 -我が強い -感情的 -自己中心的 -かまってちゃん -ドラマクイーン -男性は私の為に尽くしてくれて当然 -でもチョットお茶目でポジティブで一生懸命で可愛いアタシ… Continue reading

米国のヤマダ電機、Searsの無駄な家電達 – Useless Inventions at Sears

家から一時間半掛けて、わざわざSearsへ赴いた。 このブログの為である。「忙しい」と普段から口癖のように言っている割には、私はどうやら暇なようだ。 時を遡る事約六年前、私が新卒でニューヨークに来たばかりの頃に住んでいたエリアにあった、このSears。簡単に言えば、アメリカのヤマダ電機である。いや、ヤマダ電機に失礼な位に品揃えが悪くゲトー感が漂っている。 ↑ゲトー感漂う、商品整理がされていない商品達 私が住んでいた当時から気になっていたのが、このSearsに置いてある家電だ。どう考えても場所ばかり取る、無駄としか思えない発明品が粒ぞろいなのだ。是非、読者の皆様に共感してもらいたいと長年考えていたので、今回、意を決して取材に訪れる事にした。(iPhoneで写真を撮って帰って来ただけであるが) ※商品写真を仕事にしているとは思えない、低クオリティでブレブレの写真達をお楽しみ下さい。 1. 食料スライサー 文字通り、プロ級に食品をスライスする機械らしい。レストランやスーパーマーケットなら必要性を感じるが、ニューヨークの狭いアパートでは場所を取るだけである。まな板と包丁で事足りるのではないか。   2. ポップコーンメーカー ちょっと需要がありそうであるが、わざわざこんなかさばる物を家に置こうとは思えない。ガスコンロで加熱するタイプ、電子レンジで加熱するタイプのポップコーンがあるのだが、それの何が不満なのか。   3. ホットプレートグリル 日本人としては、これは少し使えそうな気がするが(特にお好み焼き)、やはりサイズが大きいのが気になった。写真の食品ならばフライパンで事足りるのではないだろうか…。   4. ゆで卵メーカー どう考えてもいらんやろ、レシピググって鍋使えや鍋   5. 揚げ物揚げる機械 ※何と訳して良いのかすら分からなかった プロ使用の揚げ物マシンと言った所か。中華鍋や普通の鍋を使うことに、何の不満があるのであろう。この大きさ、限られた用途、邪魔にしかならない。   6. パニーニグリル パニーニやホットサンドイッチを自宅で作れる機械らしい。徒歩圏内のスーパーで5ドルも出せば、出来立てで美味しいパニーニ/ホットサンドイッチが買える。(種類も豊富)   7. ロースター 食品をロースト(あぶり焼き)にする機械らしい。結構な人気商品であるが、自宅に備え付けのガスオーブンでもローストは可能である。   8.… Continue reading

ノーパンしゃぶしゃぶで日本と米国のエロスを考える

しゃぶしゃぶが食べたい、とTwitterで呟いたところ、知人から「お前の事やから、どうせノーパンしゃぶしゃぶやろ?」と返信がきた。久しぶりに聞いた単語である。 平成生まれの皆さんはご存知ないかと思われるが、財務省がまだ大蔵省だった頃、悪徳政治家達が接待でノーパンしゃぶしゃぶ店で食事をし、経費(要するに私達日本国民の税金)でツケていたという、真面目に生きて税金を払うのがアホくさくなる事件である。 そもそも、ノーパンしゃぶしゃぶとはどのような店か、おさらいしてみよう。 私が覚えている限りだと、 しゃぶしゃぶが出されるお食事処 ウエイトレスが超ミニスカートにノーパンの制服で接客 床が鏡張り(故にスカートの中身閲覧可能) 高い位置に酒瓶などが置かれており、ウエイトレスが背伸びした時にチラリズム 性的な接触•直接的なサービスはない (Wikipediaを見てみると、似たような事が書いてあった) なるほど、「ちょっとエッチな料理店」であり、風俗店ではないので「食事代」として経費で落とせた訳か。若くて美しい女性の裸に携わると、親父どもは、たちまち賢者にレベルアップするらしい。三人寄れば文殊の知恵だ。こんなスマートな発想が出来る頭のキレの良さが、日本を良くする為に使われなかったのが残念極まりない。 それにしても、「若くて可愛いお姉ちゃんがノーパンで接客して、たまに中身が見えるけど触れない。しかし、それを肴に旨い肉を食らう」文字通りの酒池肉林。このキワキワ寸止めサービスを思いつき、それを利用し、悦に浸る。この日本国民のねっとりとしたエロスには脱帽である。 米国で言うところの、ストリップクラブと似たようなものであるが、ストリップクラブの場合、「お姉ちゃんの裸踊りを観に行く」という明確なエロい目的がある為、ノーパンしゃぶしゃぶ程ねっとりとした、歪曲したイヤらしさは感じられない(もちろん経費でも落とせない)ストリップクラブも踊り子に触れるとガタイの良い怖いお兄さんが止めに入り、しつこく触れた場合は退場(下手すればボコボコにされる)となる。しかし、ストリップクラブによっては「特別室」が設けられており、追加料金を払えば「マッサージサービス」を受ける事も可能らしい。このマッサージが何を意味するのか、どこまでマッサージしてくれるのかは、嬢との交渉次第とのこと。私がとある利用客から聞いた話によると、嬢から「このあと、プラス$600(約6万円)で好きにしていいわよ」と言われ、くらりと来て迷ったけど高いので辞めた、との事。「このあと」とは、嬢が仕事を終えてからを意味するので、クラブは管轄外なのだ。故に、困った事があったとしても誰も守ってくれないので、嬢にとっても客にとっても危険である。 少し話が脱線してしまったが、アメリカのエロカルチャーを代表するストリップクラブは堂々と「エッチなお店」のレッテルが貼られているので、さしてイヤらしくないのである。「お食事処だけど、女給がパンツを履いていなくて床が鏡張り」は、エッチをはるかに超え、狂った、湿った卑猥さを感じ、よりスキャンダラスである。 こういった日本特有の陰湿な淫猥さというのは、島国ゆえの閉鎖的な環境から来ているのではないか、と私は思う。日本は(表向きは)性的な物事は御法度とされている。そして、このような水面下で出来上がったエロカルチャーは、すべての外国人が「ジャパン•イズ•ヘンタイ」と太鼓判を押すぶっ飛び具合なのだ。 例えば、アダルトビデオ。豊富で、マニアックな幅広いジャンルがある割にはモザイクが掛かっている。 モザイクの向こう側の想像力を掻き立てる為にマニアックな作品が粒ぞろいなのだろう、と想像出来るが、正直モザイクの意味がないくらいぶっ飛んだ内容が多過ぎると私は思う。モザイク有りの日本製AVを観た後で洋物ポルノを観ても物足りないのだ。「Bukkake – ぶっかけ」「Hentai – へんたい(=アニメポルノ)」このようなAV用語は海外でも「Tsunami – 津波」や「Karaoke – カラオケ」と同じ要領で流通している。モザイクという、どうでもいいラインで規制する日本の性に対する価値観が正直理解出来ない。 余談であるが、ある日タイムズスクエアを歩いている時に「Body Sushi」と書いた看板を発見した。 上記にもあった、とあるストリップクラブが、どうやら「女体盛り」を逆輸入したらしい。Body Sushi、なんの捻りもない。英語にしてしまうと呆気ないものだ。(ちなみにこちらのお店、HP開いた時に思わず吹き出して笑ってしまった。和訳で「日本の古代芸術•女体盛り」となっている。ウケ狙いなのか真剣なのか。筆者は腹がよじれて死にそうである)ノーパンしゃぶしゃぶに続き、日本人は食と性をくっつけるのが好きらしい。人間の三大欲求の2/3を一度に満たせてしまう優れものである。残りの1/3の純情な感情はSIAM SHADEに任せておけばいい。 このような日本特有のねっとりとねじ曲がった、ぶっ飛んだエロカルチャーは、ある意味芸術の領域なんじゃないか、と思ってしまうぐらいにクリエイティブである。しかしながら、私も海外で生活するまで、我が祖国のエロ変態文化が度を超えたものであると認識していなかった。島国というのは恐ろしいと、改めて私は思う。

自己啓発セミナーというか新興宗教に片足突っ込んだ話ー教祖辞任編

以前の記事(自己啓発セミナーというか新興宗教に片足突っ込んだ話 後日談)でお話しさせて頂いた、某新興宗教の教祖(以下ジョニー)が、先日辞任したらしい。 理由は「教祖としてやっていく自信がなくなった」「自分自身に沸き上がって来る、エゴイズムの処理を教祖としてどうしていいのか分からなくなった」と、のたまわっていた。 教団からすっかり疎遠になり、不満ながらも平和に生活していた私には寝耳に水のニュースだった。それにしても、「音楽性の違いで解散」するバンドと同じ位に、自分に酔った曖昧な辞任理由で思わず失笑してしまった。自身のエゴイズムとナルシシズムに今更気付いたのか、おめでたい人である。すっかりジョニーの事を忘れていたのに、このニュースのお陰で昔の事を思い出したら腹が立って来たので、ここに記載してストレスを発散させて頂こうではないか。 1. さて、辞任するのは勝手であるが、ジョニーが洗脳してくれた教徒と私の主人の間に問題が残っている。前回の記事でもお伝えしたように、この宗教はやたらと金が掛かった。 自称鬱病のショーン(仮名)は、私と似たような年収(もしくはそれ以下)にも関わらず、この宗教にどっぷりと浸かっていた。身の程をわきまえなかった結果、最終的にはローン地獄に陥り、金貸しがお金を貸してくれない状態になってしまったらしい。それは個人の勝手であるが、ショーンは私の主人からも金を借りていたのである、しかも二年前。当然、未だに払い戻しはされておらず、事実上踏み倒されたということになる。ミナミの帝王でおなじみ、萬田金融がニューヨークまで出張してくれるのであれば、間違いなく萬田はんに取り立てをお願いしていたところであるが、現実問題そうゆう訳にもいかない。 そもそも、主人が金を貸すと言い出した時に私は猛反対し、「あいつから借りたら絶対戻って来ない!」と断言していた。しかし、主人は「ショーンは踏み倒すような人間じゃない!友達が困っているのに、僕は見殺しに出来ないね!」と、のたまわった。まあ、主人が自分の貯金から出すとの事だったので、私は一切関わらないことを条件に渋々了解した結果がこれだ。それ、みたことか。予想通りの結末である。 主人は、ショーンに貸す際に小切手で渡したらしく、証拠になる小切手のコピーは手元にあるらしい。時効になる前に、法的処置を取るよう主人に持ちかけているが、主人は「手切れ金だと思って諦めている」と言っていた。ドラマの観過ぎかもしれないが、法的処置を取り、赤紙が発行されてショーンの家のものに「売却」の紙が貼ってあるシーンを想像して、少しわくわくしてしまった私は鬼かもしれない。金額は日本円で二桁にいかない程度ではあるものの、借りたモノは耳を揃えて返して貰うのが筋である。そもそも、ショーンは「自分を高めるため、世の中を良くするため」に教団に加入したはず。三十歳を過ぎて、借りた金を返せない人間が自分を高めるだなんて、笑わせてくれる。是非ともスピリチュアルに、借金を耳揃えて返すようにジョニーに諭して頂きたかったのに、辞任となるとは残念この上ない。この事件後、主人に日本のことわざである「金の切れ目は縁の切れ目」を耳にタコが出来る程叩き込んだ次第だ。 2. イラつくことはしょっちゅうあるものの、心底誰かを嫌うというのは案外難しい。「好きでない」人はたくさんいるものの「嫌いすぎて死んで欲しい」くらい憎い人間はなかなか思い浮かばない。私は周りの環境に恵まれているのかもしれない。しかし、アメリカ生活が今年で七年目になる私が、この七年間で心底死んでもらいたい位に嫌いと思う人間が一人だけいる。教祖ジョニーと、三年前に私にピストルを突きつけた強盗犯を差し置いて、堂々の一位の座を獲得した男。この宗教を通じて知り合ったサム(仮名)である。最初に会った時の印象は悪くなかったものの、何度か顔を会わせている間にサムが私の大嫌いなタイプだと分かった。要領が良く、腹黒く、自分の利益の為にしか人付き合いをせず、自分より格下認定した人間は徹底的に見下す。私は頭が悪い低所得者なので、彼に完全格下の生き物と認定されてしまい、彼との対話で不快な思いをする事が多々あった。サムは計算高いので、大変外ヅラが良く、大半の人は彼にはとても良い印象を持っている。実にあざとい。余談であるが、私の主人とも折り合いが悪かったが主人は私ほど嫌ってはいなかった模様。サムは教祖のいるコミューンで怪しい共同生活をしていたので、年に数回しか顔を合わせることはなかったものの、会う度に私は怒り発狂していた。 ある日、教団を通じて知り合った人が亡くなられた。ジョニー教は問題だらけだったが、亡くなられた知人•リッチー(仮名)は、とても聡明な良い人だったので誰もに惜しまれながらこの世を去った。リッチーの告別式にはかなりの数の教団メンバーが出席し、主人と私も出席した。埋葬が終わり、会食の為レストランへ移動した時のできごと。 テーブルは人数分予約があったものの、座席の指定はなかった。円い大きな10人がけテーブルが合計7つほどあった。私と主人が隣り合わせに座り、同じテーブルに足の悪いお婆さんが座られた。コミュニケーションに問題はなく、介護もほぼ必要がない方だった。移動の際に多少のヘルプが必要ではあったが、誰かが付きっきりで一緒にいなければならない訳じゃない。 遅れて到着したサムが、空いている席を探す際、お婆さんの方を見た瞬間に浮かべた侮蔑的な表情を私は見逃さなかった。空席は、私達のテーブルに数席しか残っていなかった。私達の席に空きが数席あったにも関わらず、満席のテーブルに無理矢理椅子を動かして座ったサム。このお婆さんもジョニー信者で、名前までは覚えていないが全員がお互い顔見知りだったので、お婆さんに特別なヘルプは必要ないとサムも知っていた。 ジョニーの教えを熱心に信仰している割には差別的で驚いた。こんな奴が教団幹部クラスなのか。教祖の教典には身体障害者と同じテーブルに座るのは面倒だから座らなくて良いとでも書いてあったのだろうか。少なくとも、この教団がインスパイアされた大元である仏教には、このような教えはない。あるいは、サムは私達がテーブルに座っているのもあって避けたのかもしれない。いずれにせよ、失礼極まりない。一般的に考えて、自分の精神力を高めて世の中を良くする前に、サムには考えなければならない事があると思ったのは私だけだろうか。この出来事をきっかけに、私はサムをはじめこの教団が更に大嫌いになった。 この教団と関わった事、約四年間。上記に記載した二名の信者を見て来た私にとっては、この教団とジョニーの教えが真っ当だったとは到底思えない。どちらも自己責任でこのような残念な人間となった事に相違ない。ショーンに関しては、ジョニーを信仰してしまったが故にベクトルが外れ、借金というかたちで自分を追いつめてしまったのかもしれない。卑怯で腹黒く、計算高い人間だったサムは、ジョニーの教えに従っても性悪なままであった。何はともあれ、ジョニーが辞任し、教団の活動も終わった。 もしかしたら、ジョニーはまじない師で、呪術を信者にかけていたのか。皮肉な事に、私が教団を去ってから転職が上手くいったり、ストレスが激減し精神科に通う必要がなくなり、個人で大きな仕事を頼まれたり、離婚寸前だった主人との仲も戻り生活が好転した。単なる偶然だとは思うが、あの頃あがき苦しんでいた理由というのは、もしかしたらジョニーの呪いが掛かっていたのかもしれない。

音漏れ日米比較

そうゆえば、日本の電車は異様なまでに静かだった事を思い出した。 満員電車に乗るときは、ヘッドフォンの音漏れに注意しなければならない。 話す時は小声、社内での携帯電話での通話は緊急時以外は控える。 こういった常識があった事実そのものを忘れつつあった。 アメリカに魂を売った女はこの私である。 米国では、上記のような常識はまずありえない。 「音漏れに注意する」という概念があるのかどうかすら怪しい。常識やモラルのスタンダードが違いすぎて、私も渡米したばかりの頃は圧倒されっぱなしだった。ホワイトバランスを白でなく、緑かピンクで撮った写真くらいに度肝を抜かれる出来事が多過ぎるのだ。料理で例えるならば、砂糖と塩を間違えて使って出来上がった煮物の味くらいびっくりする。 さて、アメリカの公共交通機関の車内(特にニューヨーク、フィラデルフィアの地下鉄)が、いかに酷いか、具体的なエピソードをご紹介させて頂こう。 1. アメリカで初めて地下鉄に乗ったのはフィラデルフィアだった。人種差別的になってしまうのは気が引けるが、フィラデルフィア市内は圧倒的に黒人が多く、地下鉄の乗客も黒人が殆どである。 私の通っていた大学は、スラム街の真ん中にあったので、登下校に使う地下鉄の乗客層も非常に興味深かった。音漏れとは関係ないが、地下鉄で違法DVDコピーやチョコレートなどを販売したり、自作のヒップホップCDを販売する自称ラッパー達も頻繁に目にした。販売はしなくとも、ヘッドフォンで音楽を聞きながら頭を上下左右に揺すり、CDウォークマン(i podでないところが昭和っぽい)を右手に掲げて自作のラップを歌いながら歩いている人と擦れ違うのも日常茶飯事だった。 さて、ある日ホームレスまがいのおじさん(私はボーダーライン•ホームレスと呼んでいる)が、ラジカセ持参で地下鉄に乗車してきた。赤丸の録音ボタンと、三角の再生ボタンを同時に押して録音する昭和使用のものである。何を思ってか、彼は大音量で音楽を流し始めたのだ、選曲は正体不明のヒップホップだった。音楽を楽しむのは結構であるが、根本的に何かが間違っていることに、読者の皆様はお気づきであろう。ヘッドフォンを付ける以前の問題である。 2. ニューヨークからフィラデルフィアの区間、少し前まではチャイナタウン経由で長距離バスが出ていた。このチャイナバス、興味深いエピソードが盛りだくさんだが、話し出すと長くなるので、この件は次回ゆっくりと記事にさせて頂く。残念ながら、今となっては条例違反で廃業に追い込まれてしまったのだが…。 さて、ニューヨークからフィラデルフィアまでは車で約二時間半程掛かる。寝ていれば付く距離であるが、暇つぶしにコンピューターで映画を観たり、音楽を聞く人が多い。チャイナバスの客層は、中国人が50%, 黒人が40%, その他が10%と見事に有色人種(私も含めて低所得者層)が圧倒的多数を占める。 ある日、乗車した車内にて。私の前に座った中国人の青年の携帯電話が鳴った。訳の分からない、しかも中国語ヒップホップである。ああ、着うたか。しかし、中国語ヒップホップは鳴り止まない。お前、電話出ろよ、と、しばらくイラついていたのだが、私は気付いてしまった。彼はヘッドフォンを付けずに音楽を聴いているのだ。何度も言う、中国語のヒップホップだ。音楽に国境はない、とは良く言ったもんだが、少なくとも音楽に関しては、私はこの青年と生涯分かち合う事が出来ないであろう。注意しようにも、彼らには英語が通じない(つか、分かっていても都合の悪い事は分からない振りをする)ので戦う前に諦めて自分のヘッドフォンで音楽を聴いて眠りにつくことにした。 別の日、私の左手に座ったおじさんが、映画を見始めた。 もちろんヘッドフォンなしである。チラリと見えるウィルスミスと彼の声が気になって仕方ない。 え、何?今ウィルスミス撃たれた?え?どうなった? 映画を観るのは結構である。しかし、私に観せてくれる予定がないのであれば、是非ともヘッドフォンをご使用頂きたかった。 また別の日は、私の右斜め向かいに座ったおばちゃんが携帯電話で話始めた。 乗客の9割は死んだ様に寝ている、私もその一人だったが、おばちゃんの声で目が覚めたのだ。 緊急の電話かと思いきや、どうやら大声で世間話をしている様子だった。お友達はフィラデルフィアの人だろうか、もしそうであれば、井戸端会議はあと小一時間我慢してほしいところだった。 この電車内の騒がしさは、有色人種や低所得者層が住む地域だけではない。 保守派の白人が多い郊外行きの電車に乗った時は、例の如く乗客の9割は白人だった。 ラジカセを大音量でかける輩はさすがにいないものの、夜九時を過ぎると酔っ払い白人の乗車率が上がる。いずれにせよ、うるさい事この上ない。大声で野球やアメフトの話をするオッサン共、男を掌で操っている事を誰かに聞いてもらいたいが為にハイテンションで恋愛話をする、化粧を覚えたてのあどけないティーンエージャーの小娘たち、その小娘集団に絡むモテなさそうな白人男性集団…。ライフルが手元にあれば、と妄想が頭を過る。裕福層だからといって、公共交通機関の車内で静かに出来る訳ではないらしい。 地下鉄などの車両ドア出口に、禁煙マークのステッカーが貼ってあるのをご覧になった事があるかと思う。ニューヨークやフィラデルフィアの地下鉄は、ラジカセ禁止マーク、ペット禁止マーク、飲食禁止マーク、ゴミのポイ捨て禁止マーク、と、日本ではお目に掛かれないサインが種類豊富に取り揃えられている。私達日本人に取っては暗黙の了解以前に、育って来る過程で当然としつけられている、根本的な事が出来ない国なんだと気づいた。世界ナンバーワンのアメリカは、実は発展途上国ではなかろうか。

ニューヨークのキャバクラ、こぼれ話

ちょっと前に、嬢時代の同僚が日本へ帰国との事で、お別れ会の為、久々にキャバ時代の仲間と再会した。マイペースで気さくでスカしてない、相変わらずな皆でなんだかホッとした。私は嬢時代の同僚が今でも大好だ。 さて、久々に再会して思い出した、嬢時代のエピソードをご紹介させて頂こう。 1. 人事の岸田さん 失職中だった私は、人材派遣を通して、某日系企業へ面接へ行った。 思いの他厳しい質問攻めに遭い、肩を落として帰って来たのであった。 所謂、鬼面接官だった。 その面接官はくるりに居そうだったので仮に岸田さんとしよう。 クラブで団体客が来たとの事で、席につく。と、そこには岸田さん! なんたる偶然!!顔バレすると色々と気まずいので、出来るだけ岸田さんと目を合わせないように俯く私。当の岸田さんはというと、鼻の下を伸ばしながら嬢と酒を交わしている。終いには、デリヘル嬢を呼んだ出来事を、事細かに、楽しそうに、熱く語っているではないか。あの鬼面接官が…。 ニューヨークは広いようで狭い。 特に日本人コミュニティは知り合いの知り合いは必ず繋がっていると言っても過言ではない位に狭いのだ。 ちなみに、岸田さんは私の顔を認識しなかった様子なので安堵した。 鬼面接官も結局はただのエロ親父なのか、と思えば次回の面接はもう少し上手く行きそうな気がした。 2. 待機中 指名が取れない、下からトップのヘルプ嬢だった私は、いつまで経っても名前が呼ばれない売れ残りキャバ嬢だった。年齢もアレだったので、周りからは「姉さん」と呼ばれ、マネージャーからは「君、また待機?」と嫌みを言われ、ブスが故に客や従業員から人気嬢と比べられては落ち込みながらも、自分が女子のヒエラルキーでどの辺の立ち位置に存在するか再確認できた貴重な1年間だったと思う。キャバクラ勤務をきっかけに「もしかしたら私も案外イケる口かもしれない」夢想は見事に掻き消された。現実を受け入れるのは厳しく辛いが、この職歴故に自分の容姿に関してはかなり謙虚になれたと思う。 さて、精神的に追い込まれていた当時の私は、何故かハリーポッターにハマってしまった。 ちょうど最終章•七章の「死の秘宝」が映画で公開されていた頃だ。 待機中にハリーポッターを読んで現実逃避していたのである。 ことあるごとに周りの嬢たちに「ホグワーツから招待状が来ん!」だの、「ダンブルドアのアシスタントか、図書館の事務職でいいから住み込みで雇ってくれんかの」などとのたまわり、当時の本職•出版社の上司であるJ子からパワハラの電話が来ら「セクタムセンプラ!」と唱えて抹殺していた。(当然死んでいない)J子が発狂したら、一方的に電話を切り、受話器を上げ、仕事の手を止めてハリーポッターの動画を観て無言の抵抗をしていた。 J子と私の二人のみの会社で福利厚生なし。フルタイムのバイトというか、J子の小間使いだった。ハリーポッターに夢中になりすぎて、「アズカバンの囚人」を片手に客席に着いた事もある。(無意識に手にもって客席に行ったらしい)重症だ。お分かりの通り、当時の私は本当に精神科へ通っていたので、この虚言や奇行も頷ける。余談だが、スネイプ先生と髪型被ってるで、って言われたので、さすがにそれはマズいと思ったので美容院へ行ったのは言うまでもない。 色々あった嬢時代。足を洗った今となれば懐かしい話であるが、未だに「iPad買ってくれるオッサンおらんかの」やら「あのレストラン、自分のお金では行きたくないよね。ここはオッサンに…」の口癖が抜けないままだ。