ニューヨークで会社員というステイタス

私の周りには、刺激的な人が多い。皆、それぞれの目標を持ってニューヨークに来ている訳で、苦労しながらも一生懸命努力している人ばかり。日本に長期滞在で帰った3ヶ月弱の間に出会った人たちもまた、輝いている人ばかりだった。会社員時代はあまり出会う事が出来なかった。

2008年にアメリカで正社員という夢が実現したは良いが、結局日本人の縦社会に埋もれてしまっていた。勤務中も日本語、アフター5に遊びに行く同僚も先輩も日本人、取引先も日本人、ランチも日系スーパーのお弁当、家に帰って迎えてくれるルームメイトも日本人…。果たして、アメリカで就職した意味はあるのか?無駄に広がる日本人コミュニティの輪にはうんざりしていた。しかし、フルタイムのオーエルというステイタスは社会的には聞こえが良いので、当時はそれに必死にしがみついていたと思う。そして、あの小さな会社に長くいた人たちもまた、そこでしか働けなくなってしまっていたのだ。ニューヨークの狭い日本人コミュニティの中でどれだけ名が知れて役職が上でも、結局、井の中の蛙。余計なお世話かもしれないが、私が嫌っていたお局や上司たちは、フルタイムの会社員というステイタスが誇りで、それがプライドの全ての様な気がした。

狭い世界に長くいすぎたせいで、思い切って今の会社を辞める勇気がない。今の自分に満足しているのは個人の自由であるが、何が不愉快かって、私たち若手社員に対する冷遇と見下した態度だ。会社は皆の力で改善していくものだと思い、自分の意見を言った所で出る杭は打たれ、時代遅れな社風を根本的に変えようとしない。君はこの会社カラーじゃないね、予算が少ないから仕方ない、君の考えは甘いんだよ社会ではそんなんじゃ通用しない、ああいえば上祐(平成生まれの子は分からんか、このジョーク…。)この会社にいる人たちは、他の社会を知らないまま何十年も同じコミュニティで生活していて、自分はそこそこのステイタスを保っていると確信している。居心地がよすぎてもう抜けられない。他に考える事がないからお局はオフィスの噂話、上司は若手社員を見下す事で自分の立ち位置を確認する。なんて可哀相な人たちなんだろう。私は、もうこの会社は無理だと思った。

世間体を気にすれば社会的なステイタスはとても大事なのかもしれないけど、他人にどう思われるかはそんなに重要なことだろうか?例え正社員というステイタスにしがみついている人たちに鼻で笑われようが、その人らのための人生じゃない。目標を追いかけている人は、プライドしかない正社員よりもカッコイイと思う。むしろ、社会的ステイタスにしがみついている人程、惨めで哀れで、他に行く場所がないから、夢を追ってアウトローに生きる人たちを馬鹿にする事で自分のプライドを守っているのではなかろうか。

正直なところ、私もオーエル時代は自称アーティストやダンサーで、副業でウエイトレスやアルバイトで働いている人たちを見下している節はあった。今回、日本に長期で帰国して出会った人たちのお陰で考え方が180度変わったと言っても過言ではない。彼/彼女らはそれぞれの目標に謙虚に正直に忠実に、前向きに努力し、目標に対してブレない意志を持つ人たちばかりだった。私はその姿に心打たれたのだ。オーエルで正社員という肩書きに守られている立場にあった時、心のどこかで自分に正直に夢を追いかけている人たちを羨ましいと思っていた。自分は今のステイタスを捨てる勇気はない、でもまだ心のどこかで写真を諦められない中途半端な状態だった。嫉妬から来る見下し、これじゃ大嫌いなお局や上司と変わらない。しかしながら、ニューヨークにある日系のコミュニティに所属してしまっていると、自然と周りに流されて自分を見失ってしまうのだ。精神科に通い出して限界を感じたが故にオーエル強制終了に至ったのだが、その選択は正しかったと思う。

今でも仲良くしてもらっている当時の先輩や同僚たちのほとんどあのオフィスを去り、今は新しい環境でそれぞれ頑張っている。私もまた、写真への情熱を取り戻す事が出来た事は、無くなったカッコイイ肩書きの、何倍もの価値があると確信している。

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