終わりなきバブル

私の年齢で上司に当たる人たちは皆、バブル世代に青春を過ごしている。

これがいかにやっかいであるかは、経験した人にしか分からない。

今で言うAKBの誰々ちゃんの話をしていると、必ずと言っていい程「まあ、昔で言うおにゃんこクラブみたいなもんよねー。」と比較してくる。流行りの音楽や芸能人、ファッションの話をしても必ず80年代バブル世代をリファレンスに入れてくる。例えば、今年流行りのワンピースがあったとすると、聞いてもいないのに80年代に流行った服の型を事細かに説明してくる。当時の聖子ちゃん(松田聖子)やら百恵ちゃん(山口百恵)、チェッカーズがいかにセンセーショナルだったか、タケノコ族やらアッシー君やらメッシー君やら(ご飯食べる時は女性は財布を出さない、タクシー代も男に貰う、なんたらかんたら)徹底的に死語を並べてくるのだ。自分たちが過ごした80年代がいかに素晴らしかったかを熱く語ってくれる。

私は個人的に『日本の80年代』が大嫌いだ。アメリカの80年代と言うと、音楽と言えばマイケルジャクソンが代表的。ファッションも結構可愛いと思うし、今また80sファッションが流行しているのも頷ける。しかし、日本の80年代というと全てがアメリカの二番煎じ。手足が長く彫刻の様なアメリカ人が着てカッコイイ服は、ずんぐりむっくりの日本人が同じ服を着てみた所で彼らとは土台が違うのだ。経済的には豊かだったのかもしれないが、欧米に対するコンプレックスが浮き彫りにされている感がどうも否めない。また、「バブル」は日本特有のものらしく、成金の如く散財するカルチャーも「米国人になりたい日本人」を思わせ、痛過ぎてどうも受け付けない。申し訳ないが、日本はどれだけ頑張ってもアメリカの20年遅れで、永久に追いつくことはできないのだ。

60年代、70年代は文化や音楽、歴史的背景など、世界的に憧れている人をよく耳にするし個人的にも刺激的な世代だと思う。90年代の音楽が大好きな私は、その世代に青春を過ごした人達の話は、目を輝かせていつも聞き入っている。また、90年代は他の世代に比べると全体的にインパクトが弱く、批判の対象になりにくい。これは個人的な好みなので賛否両論はあると思うが、以上の理由から私は80年代に青春を過ごした日本人の話だけはどうしても興味を示すことが出来ない。

戦争経験者の死んだ祖父が言う「私達が日本の土台を作った。」

60ー70年代が言う「私達が日本の土台を作った。」

バブル世代が言う「私達が日本の土台を作った。」

さて、どれが一番ふざけているでしょう?

話がそれた。

何が言いたいかって、仕事の休憩中に軽いトークで今流行の音楽やファッションの話をしているのに、バブル世代の過去の栄光話で水を差されるのが我慢ならない。オフィスのお局や上司のファッションセンスもまた、なんとなくバブルの名残を匂わせるのも手伝い、私を更に苛つかせる。

バブルはとっくに崩壊しているではないか。今の世界的な不況のニュースを聞けばお分かりの通り、またあの世代がやってくるとは到底思い難い。あなた達の青春はもう、とっくに終わっている。そんなに昔話に華を咲かせたければ、同世代で集まるなり同窓会に行くなりして頂きたい。

余談だが、玄関先が暗くて靴が見つけられない女の子に、お札に火を灯し「お嬢ちゃん、どうだい、これで明るくなっただろう。」と手助けする成金。私は80年代バブルのオッサンが一万円札を燃やしているのかと思い込んでいたのを、先輩に「それ、大正の成金が百円札を燃やしている風刺画だよ。」と訂正された時は、私が燃えてなくなってしまいたくなった。

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