音漏れ日米比較

そうゆえば、日本の電車は異様なまでに静かだった事を思い出した。

満員電車に乗るときは、ヘッドフォンの音漏れに注意しなければならない。
話す時は小声、社内での携帯電話での通話は緊急時以外は控える。
こういった常識があった事実そのものを忘れつつあった。
アメリカに魂を売った女はこの私である。

米国では、上記のような常識はまずありえない。
「音漏れに注意する」という概念があるのかどうかすら怪しい。常識やモラルのスタンダードが違いすぎて、私も渡米したばかりの頃は圧倒されっぱなしだった。ホワイトバランスを白でなく、緑かピンクで撮った写真くらいに度肝を抜かれる出来事が多過ぎるのだ。料理で例えるならば、砂糖と塩を間違えて使って出来上がった煮物の味くらいびっくりする。

さて、アメリカの公共交通機関の車内(特にニューヨーク、フィラデルフィアの地下鉄)が、いかに酷いか、具体的なエピソードをご紹介させて頂こう。

1.
アメリカで初めて地下鉄に乗ったのはフィラデルフィアだった。人種差別的になってしまうのは気が引けるが、フィラデルフィア市内は圧倒的に黒人が多く、地下鉄の乗客も黒人が殆どである。
私の通っていた大学は、スラム街の真ん中にあったので、登下校に使う地下鉄の乗客層も非常に興味深かった。音漏れとは関係ないが、地下鉄で違法DVDコピーやチョコレートなどを販売したり、自作のヒップホップCDを販売する自称ラッパー達も頻繁に目にした。販売はしなくとも、ヘッドフォンで音楽を聞きながら頭を上下左右に揺すり、CDウォークマン(i podでないところが昭和っぽい)を右手に掲げて自作のラップを歌いながら歩いている人と擦れ違うのも日常茶飯事だった。
さて、ある日ホームレスまがいのおじさん(私はボーダーライン•ホームレスと呼んでいる)が、ラジカセ持参で地下鉄に乗車してきた。赤丸の録音ボタンと、三角の再生ボタンを同時に押して録音する昭和使用のものである。何を思ってか、彼は大音量で音楽を流し始めたのだ、選曲は正体不明のヒップホップだった。音楽を楽しむのは結構であるが、根本的に何かが間違っていることに、読者の皆様はお気づきであろう。ヘッドフォンを付ける以前の問題である。

2.
ニューヨークからフィラデルフィアの区間、少し前まではチャイナタウン経由で長距離バスが出ていた。このチャイナバス、興味深いエピソードが盛りだくさんだが、話し出すと長くなるので、この件は次回ゆっくりと記事にさせて頂く。残念ながら、今となっては条例違反で廃業に追い込まれてしまったのだが…。

さて、ニューヨークからフィラデルフィアまでは車で約二時間半程掛かる。寝ていれば付く距離であるが、暇つぶしにコンピューターで映画を観たり、音楽を聞く人が多い。チャイナバスの客層は、中国人が50%, 黒人が40%, その他が10%と見事に有色人種(私も含めて低所得者層)が圧倒的多数を占める。

ある日、乗車した車内にて。私の前に座った中国人の青年の携帯電話が鳴った。訳の分からない、しかも中国語ヒップホップである。ああ、着うたか。しかし、中国語ヒップホップは鳴り止まない。お前、電話出ろよ、と、しばらくイラついていたのだが、私は気付いてしまった。彼はヘッドフォンを付けずに音楽を聴いているのだ。何度も言う、中国語のヒップホップだ。音楽に国境はない、とは良く言ったもんだが、少なくとも音楽に関しては、私はこの青年と生涯分かち合う事が出来ないであろう。注意しようにも、彼らには英語が通じない(つか、分かっていても都合の悪い事は分からない振りをする)ので戦う前に諦めて自分のヘッドフォンで音楽を聴いて眠りにつくことにした。

別の日、私の左手に座ったおじさんが、映画を見始めた。
もちろんヘッドフォンなしである。チラリと見えるウィルスミスと彼の声が気になって仕方ない。
え、何?今ウィルスミス撃たれた?え?どうなった?
映画を観るのは結構である。しかし、私に観せてくれる予定がないのであれば、是非ともヘッドフォンをご使用頂きたかった。

また別の日は、私の右斜め向かいに座ったおばちゃんが携帯電話で話始めた。
乗客の9割は死んだ様に寝ている、私もその一人だったが、おばちゃんの声で目が覚めたのだ。
緊急の電話かと思いきや、どうやら大声で世間話をしている様子だった。お友達はフィラデルフィアの人だろうか、もしそうであれば、井戸端会議はあと小一時間我慢してほしいところだった。

この電車内の騒がしさは、有色人種や低所得者層が住む地域だけではない。
保守派の白人が多い郊外行きの電車に乗った時は、例の如く乗客の9割は白人だった。
ラジカセを大音量でかける輩はさすがにいないものの、夜九時を過ぎると酔っ払い白人の乗車率が上がる。いずれにせよ、うるさい事この上ない。大声で野球やアメフトの話をするオッサン共、男を掌で操っている事を誰かに聞いてもらいたいが為にハイテンションで恋愛話をする、化粧を覚えたてのあどけないティーンエージャーの小娘たち、その小娘集団に絡むモテなさそうな白人男性集団…。ライフルが手元にあれば、と妄想が頭を過る。裕福層だからといって、公共交通機関の車内で静かに出来る訳ではないらしい。

地下鉄などの車両ドア出口に、禁煙マークのステッカーが貼ってあるのをご覧になった事があるかと思う。ニューヨークやフィラデルフィアの地下鉄は、ラジカセ禁止マーク、ペット禁止マーク、飲食禁止マーク、ゴミのポイ捨て禁止マーク、と、日本ではお目に掛かれないサインが種類豊富に取り揃えられている。私達日本人に取っては暗黙の了解以前に、育って来る過程で当然としつけられている、根本的な事が出来ない国なんだと気づいた。世界ナンバーワンのアメリカは、実は発展途上国ではなかろうか。

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