自己啓発セミナーというか新興宗教に片足突っ込んだ話ー教祖辞任編

以前の記事(自己啓発セミナーというか新興宗教に片足突っ込んだ話 後日談)でお話しさせて頂いた、某新興宗教の教祖(以下ジョニー)が、先日辞任したらしい。

理由は「教祖としてやっていく自信がなくなった」「自分自身に沸き上がって来る、エゴイズムの処理を教祖としてどうしていいのか分からなくなった」と、のたまわっていた。

教団からすっかり疎遠になり、不満ながらも平和に生活していた私には寝耳に水のニュースだった。それにしても、「音楽性の違いで解散」するバンドと同じ位に、自分に酔った曖昧な辞任理由で思わず失笑してしまった。自身のエゴイズムとナルシシズムに今更気付いたのか、おめでたい人である。すっかりジョニーの事を忘れていたのに、このニュースのお陰で昔の事を思い出したら腹が立って来たので、ここに記載してストレスを発散させて頂こうではないか。

1.

さて、辞任するのは勝手であるが、ジョニーが洗脳してくれた教徒と私の主人の間に問題が残っている。前回の記事でもお伝えしたように、この宗教はやたらと金が掛かった。

自称鬱病のショーン(仮名)は、私と似たような年収(もしくはそれ以下)にも関わらず、この宗教にどっぷりと浸かっていた。身の程をわきまえなかった結果、最終的にはローン地獄に陥り、金貸しがお金を貸してくれない状態になってしまったらしい。それは個人の勝手であるが、ショーンは私の主人からも金を借りていたのである、しかも二年前。当然、未だに払い戻しはされておらず、事実上踏み倒されたということになる。ミナミの帝王でおなじみ、萬田金融がニューヨークまで出張してくれるのであれば、間違いなく萬田はんに取り立てをお願いしていたところであるが、現実問題そうゆう訳にもいかない。

そもそも、主人が金を貸すと言い出した時に私は猛反対し、「あいつから借りたら絶対戻って来ない!」と断言していた。しかし、主人は「ショーンは踏み倒すような人間じゃない!友達が困っているのに、僕は見殺しに出来ないね!」と、のたまわった。まあ、主人が自分の貯金から出すとの事だったので、私は一切関わらないことを条件に渋々了解した結果がこれだ。それ、みたことか。予想通りの結末である。

主人は、ショーンに貸す際に小切手で渡したらしく、証拠になる小切手のコピーは手元にあるらしい。時効になる前に、法的処置を取るよう主人に持ちかけているが、主人は「手切れ金だと思って諦めている」と言っていた。ドラマの観過ぎかもしれないが、法的処置を取り、赤紙が発行されてショーンの家のものに「売却」の紙が貼ってあるシーンを想像して、少しわくわくしてしまった私は鬼かもしれない。金額は日本円で二桁にいかない程度ではあるものの、借りたモノは耳を揃えて返して貰うのが筋である。そもそも、ショーンは「自分を高めるため、世の中を良くするため」に教団に加入したはず。三十歳を過ぎて、借りた金を返せない人間が自分を高めるだなんて、笑わせてくれる。是非ともスピリチュアルに、借金を耳揃えて返すようにジョニーに諭して頂きたかったのに、辞任となるとは残念この上ない。この事件後、主人に日本のことわざである「金の切れ目は縁の切れ目」を耳にタコが出来る程叩き込んだ次第だ。

2.

イラつくことはしょっちゅうあるものの、心底誰かを嫌うというのは案外難しい。「好きでない」人はたくさんいるものの「嫌いすぎて死んで欲しい」くらい憎い人間はなかなか思い浮かばない。私は周りの環境に恵まれているのかもしれない。しかし、アメリカ生活が今年で七年目になる私が、この七年間で心底死んでもらいたい位に嫌いと思う人間が一人だけいる。教祖ジョニーと、三年前に私にピストルを突きつけた強盗犯を差し置いて、堂々の一位の座を獲得した男。この宗教を通じて知り合ったサム(仮名)である。最初に会った時の印象は悪くなかったものの、何度か顔を会わせている間にサムが私の大嫌いなタイプだと分かった。要領が良く、腹黒く、自分の利益の為にしか人付き合いをせず、自分より格下認定した人間は徹底的に見下す。私は頭が悪い低所得者なので、彼に完全格下の生き物と認定されてしまい、彼との対話で不快な思いをする事が多々あった。サムは計算高いので、大変外ヅラが良く、大半の人は彼にはとても良い印象を持っている。実にあざとい。余談であるが、私の主人とも折り合いが悪かったが主人は私ほど嫌ってはいなかった模様。サムは教祖のいるコミューンで怪しい共同生活をしていたので、年に数回しか顔を合わせることはなかったものの、会う度に私は怒り発狂していた。

ある日、教団を通じて知り合った人が亡くなられた。ジョニー教は問題だらけだったが、亡くなられた知人•リッチー(仮名)は、とても聡明な良い人だったので誰もに惜しまれながらこの世を去った。リッチーの告別式にはかなりの数の教団メンバーが出席し、主人と私も出席した。埋葬が終わり、会食の為レストランへ移動した時のできごと。

テーブルは人数分予約があったものの、座席の指定はなかった。円い大きな10人がけテーブルが合計7つほどあった。私と主人が隣り合わせに座り、同じテーブルに足の悪いお婆さんが座られた。コミュニケーションに問題はなく、介護もほぼ必要がない方だった。移動の際に多少のヘルプが必要ではあったが、誰かが付きっきりで一緒にいなければならない訳じゃない。

遅れて到着したサムが、空いている席を探す際、お婆さんの方を見た瞬間に浮かべた侮蔑的な表情を私は見逃さなかった。空席は、私達のテーブルに数席しか残っていなかった。私達の席に空きが数席あったにも関わらず、満席のテーブルに無理矢理椅子を動かして座ったサム。このお婆さんもジョニー信者で、名前までは覚えていないが全員がお互い顔見知りだったので、お婆さんに特別なヘルプは必要ないとサムも知っていた。

ジョニーの教えを熱心に信仰している割には差別的で驚いた。こんな奴が教団幹部クラスなのか。教祖の教典には身体障害者と同じテーブルに座るのは面倒だから座らなくて良いとでも書いてあったのだろうか。少なくとも、この教団がインスパイアされた大元である仏教には、このような教えはない。あるいは、サムは私達がテーブルに座っているのもあって避けたのかもしれない。いずれにせよ、失礼極まりない。一般的に考えて、自分の精神力を高めて世の中を良くする前に、サムには考えなければならない事があると思ったのは私だけだろうか。この出来事をきっかけに、私はサムをはじめこの教団が更に大嫌いになった。

この教団と関わった事、約四年間。上記に記載した二名の信者を見て来た私にとっては、この教団とジョニーの教えが真っ当だったとは到底思えない。どちらも自己責任でこのような残念な人間となった事に相違ない。ショーンに関しては、ジョニーを信仰してしまったが故にベクトルが外れ、借金というかたちで自分を追いつめてしまったのかもしれない。卑怯で腹黒く、計算高い人間だったサムは、ジョニーの教えに従っても性悪なままであった。何はともあれ、ジョニーが辞任し、教団の活動も終わった。

もしかしたら、ジョニーはまじない師で、呪術を信者にかけていたのか。皮肉な事に、私が教団を去ってから転職が上手くいったり、ストレスが激減し精神科に通う必要がなくなり、個人で大きな仕事を頼まれたり、離婚寸前だった主人との仲も戻り生活が好転した。単なる偶然だとは思うが、あの頃あがき苦しんでいた理由というのは、もしかしたらジョニーの呪いが掛かっていたのかもしれない。

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