アメリカのスポーツクラブ

加齢に伴い、ここ数年間落ちない体脂肪と葛藤している。野球部並みに食べて、気を失うまで飲んだくれ、老犬の如く動かなくても太らなかったあの体はもう取り戻せないのだ。もっと言うと、目元に見覚えのない線を確認したり、降り掛かるシャワーの水が弾かないではないか。歳を取るということは残酷である。 と、いうことで、手始めに職場近くのスポーツ•クラブにトライアルで参加してみた。汗を流す会員達は、ストリート•ファイターIIの登場人物とおぼしき人々で溢れており、私も思わず身構えて戦闘態勢を取ってしまった。 腕相撲が強そうで、ムッキムキの二の腕で重そうなダンベルを「あおおおおうっ!」と叫びながら持ち上げるガイル、完全にソニック•ブームを出す準備中である。ちなみにガイルは私が確認しただけで最低8名(色違い)。腹筋の割れたダルシムは、どうやら手足は伸びない模様だが、浮遊する可能性があるのであなどれない。ちなみに、日本よりもエドモンド•本田率が圧倒的に高いのは言うまでもないだろう。私も腹回りは完全にエドモンド婦人である。 本当にどうでも良い話であるが、欧米人男性はワキ毛がない。プロテイン•シェイクをシャカシャカやってる、ムキムキのお兄さん達は人種国籍問わず9割方タンクトップを着てのエクササイズ。しかし、ダンベルを持ち上げた時に脇からステンレス•たわし的な森が見えないのである。男性(女性もだが)の脇からチラリと覗くたわしは、正直見てて気持ちが良いものではないので個人的にはありがたい。そうゆえば、私の主人も週一で「脱毛の日」があるらしくシャワーから1時間程出てこない。毛という毛を全て刈っているらしい。余談であるが、私の父親が「日本人男性が銭湯に行って、陰毛がない場合は、性病持ち(毛じらみ)で刈ったものだとみなされる。と、いうことで、毛がない事は非常に恥ずかしい」と言っていたのを思い出した。陰毛で比較文化、我ながら新しい。 さて、人生で一番お金がなかった昨年の話である。家の近くの市営ジムが破格との噂を聞きつけて、早速会員登録した。半年で$75(約6900円)、トライアルで行ったジムのひと月分より安い。安いということは、理由がある。客層は言うまでもなく訳ありであった。 まず、私が住んでいる地域は厳格なユダヤ教徒が多い。女性は宗教上の理由で肌の露出が出来ない上に決められた服装以外は基本的に着用禁止らしい。要するにズボン(現代人はパンツというらしいが)が履けないのでスカートでのエクササイズ、非常に動きにくそうだ。しかし、ユダヤ人のオバちゃん数名が独特の衣装(しかもスカート)でトレッドミルで滑走している姿は、まず日本ではお目に掛かれない。異様な背景と共に、私もiPhoneで光GENJIの「パラダイス銀河」のPVを観ながら、トレッドミルで滑走した。 そして、安い割には室内プールが併設されているのは魅力的である。しかしながら、経費があまりないらしくプールの水替えが頻繁に出来ないので、日によっては濁っている。人間ダシの良く利いたプール、週一でキッズ•アワーもあるので更に危ない。私は泳げない。三メートルくらい泳いだら沈んでしまう。小学生の頃、水泳の補習授業に休みを犠牲にまでして全て出席していたにも関わらず泳げない。しかし、泳ぎたいという意欲だけはあるので、早速行ってみた。 レーンが三つあり、早い人用•普通の人用•カナヅチ用(スロー用)に分かれている。スロー•レーンでビート板を両手に泳いでいた。多分、犬の方が上手に泳げる。隣のお兄さんは魚の如くスイスイとクロールをキメている。魚のお兄さんと非対称のビート板の自分に負い目を感じながら、休憩の為プールサイドに上がった。そこで、エドモンド級のオバちゃんが擦れ違い際に”Hi, sweetie!” (こんにちは、お嬢ちゃん!)と挨拶してくれた。とても良い人である。ふと足元に目をやると、おばちゃんはヒレ(フィンと呼ぶのだろうか、スキューバ用のアレ)を付けていたのだ!室内プールでヒレ!たまげた私は思わず言葉を失ってしまった。衝撃もそこそこに、気を取り直してビート板での水泳を再開させた。一通り泳ぎ終わってふとプールサイドに目をやると、水中メガネ+チューブ(シュノーケル)を着用したおじ様が飛び込む寸前だった。本気である。濃い利用者達に圧倒されてしまった私は、なんとなく心が折れてしまったので小一時間程で退散した。この日以降、水泳には行っていない。光GENJIのキレの良いダンスを鑑賞しながらのトレッドミルに落ち着いた。 転職に伴い、この市営ジムの営業時間と私の就業時間の都合が合わず、通えなくなってしまった。設備も最低限で、シャワーもアメリカ映画に出て来る刑務所のような汚さなので特に悔いはない。しかし、キャラの濃い利用者たちが時々恋しくなったりする。  

私が地元を嫌う理由

初恋の人をFacebookで探してみよう、と、ありがちな好奇心が芽生えた。私は田舎出身なので、地元の町の名前で検索するとあっさりと見つかった。 この初恋の彼、十数年前のちょうど今頃である中学校の卒業式に告白したのだが、見事に撃沈したのである。理由は、小学生の時に私の事をいじめていた女が好きだから、君とは付き合えない、という屈辱的な展開であった。思い起こせば、私の非モテキャリアはもう十年を超えているのか。そろそろ役職を貰っても良い頃かもしれない。 昔話はさておき、私は自分の地元が大嫌いだ。以前、「ひねくれブスと結婚式の葛藤」の記事でも触れたように、私は夫婦別姓なのだが、小•中学校時代の同級生から雲隠れするだけのために、Facebook上では嫌々旦那の名字を名乗っている。 ロクな思い出がないし、出来るのであれば思い出したくもないあの頃。もっと言うのであれば、私があの町出身であるという事実さえも揉み消してしまいたい。新しく知る人には見栄を張って「京都出身」と自己紹介するが、私の地元は京都の奥ゆかしさからは掛け離れた品のない町なのだ。 田舎(郊外)だったので、中途半端なヤンキー(暴走族)が多かった。私は、小•中と公立へ通っていたのであるが、特に私が通っていた中学の荒れ方は半端じゃなかった。授業中に教室内でタバコ吸う生徒とそれを注意しない教師、悪趣味なボンタンや白い学ランで廊下で自転車を乗り回す、万引き、無免許運転、校内での飲酒、他生徒への暴力、援助交際、望まぬ妊娠•中絶など挙げだしたらキリがない。もっと言うと、数年前に中学時代の同級生が殺人容疑で逮捕されて全国ニュースになっていたらしい。 ご存知の通り、私はネクラで地味で、極めて存在が薄かったのであるが、ティーンエージャー特有のグループ社会に属さなければならない無意味なプレッシャーと作り笑いで過ごした中学時代だった。しかし、私はくだならいいざこざに巻き込まれた為に当時所属していたグループから外されてしまった。所属していたバスケ部で仲間外れにされてしまい、その上運動神経が鈍い私は、ドリブルの練習をしている後ろ姿を見て子馬鹿にされたり、無視されたり、練習試合の時に一人でお弁当を食べた、あの辛かった日々を未だにしつこく引きずっている。せめて少女漫画のような美女であれば、男子生徒からのフォローもあっただろうに、この顔に生まれ落ちてしまったのだから、どうしようもない。 この旨については、少し前に話題になった綿谷りささんの「蹴りたい背中」で十分に表現されているので、そちらを併せて読んで頂きたい。まさにあの独特のヒエラルキーの中で私も生活していた。当時の私は、とにかく一刻も早くあの町のコミュニティから抜け出したかった。両親の協力の元、高校からは私学に進学させてもらい、非モテながらも充実した楽しい高校生活となった。高校からは地元との関わりが薄くなり、今となっては地元の友人は数える程度である。その数人の中学時代の友人から、私の中では完全に過去の人たちとなった中学時代の同級生の話を帰国する度に毎度聞かされる。 ここからが本題である。私の地元の人間は、どうやら田舎特有の地元密着型が多い。地元を愛しすぎているのか、はたまた外の世界へ出るのが怖いのかは不明であるが、とにかくあの町を出たがらない人間が圧倒的多数を占める。 アラサーである私の周りの、高校•大学時代の友人達もここ2-3年は結婚•出産ラッシュだ。しかし、小•中時代の同級生はやたらと十代での結婚•出産率が高い。(要するにデキ婚)その上、このデキ婚カップルの八割以上が同じ小•中学の同級生同士なのだ。これが一概に悪い事のように言ってしまうのは良くないのは分かっている。しかし、このカップル達は更に同じ小•中学の同級生間で不倫や浮気などの不貞行為を行ったり、略奪愛に至ったりと、くだらないドラマが徹底的にが同じコミュニティで繰り返されているのだ。 私が中学時代に塾が同じで、そこそこ仲良くしていたM子ちゃんもその一例。私自身は彼女と付かず離れずの距離感を保っていたのだが、彼女は自分より気の弱い女の子に対しては上から目線で物を言う節が時折伺えた。今でも連絡を取っているN子は彼女から被害を受けており、更に同じ中学の大半の女子生徒から嫌われていた。私が高校に入学してからは、すっかり疎遠になってしまったM子ちゃんだが、例の仲良くしている地元の友人達によると、彼女は高校に入学してからは、あばずれになってしまったらしい。あばずれになっただけで、M子ちゃんを責め立てるのは、大きなお世話になるかもしれない。ただ、私がどうしても受け入れられなかったのが、M子ちゃんが取っ替え引っ替え寝ていた相手が、全て小•中学校の同級生だったという事だ。当時はいきがっていた不良達も、歳を取るに連れて徐々に誰からも相手にされなくなっていく。そんな不良達を狙ったり、非モテで大人しく、言葉を発していた事すら思い出せない同級生男子を相手に自分を安売りしていたらしい。N子は聞いてもいないのに、M子ちゃんの濃厚な3P話を聞かされたらしい。(もちろん、相手は中学時代の同級生)そんなこんなで、地元の女友達から完全に距離を置かれてしまったM子ちゃんのドラマのエンディング。中学時代の同級生O君が結婚し、半年後に奥さんが妊娠した。同時期にこのM子ちゃんもO君の子供を妊娠したらしく、最終的には略奪愛でO君と鞘に納まったらしい。余談であるが、O君は中学時代に女子生徒から「キモい」と、かなり嫌われていた生徒である。 アメリカでも、田舎の地区ではよくある話らしい。例えば、いとこ同士での結婚は、日本でも比較的タブー視されているが、アメリカは親族同士でのつながりがより固いので、日本よりキツい偏見の対象となってしまうらしい。アメリカでは、「ホワイト•トラッシュ」と呼ばれる白人低所得者層でよくあるとのこと。この話を聞かせてくれたアメリカ人の友人も、かなり軽蔑的な目線で話していたのが印象的だ。 私の出身地でのこのような出来事も、近親相姦とまでいかないがそれに通ずるものがあり、故郷のコミュニティから抜け出せないでいる同級生達をどうも侮蔑的な視線で見てしまう。ただ、本人達が望んで地元に残っているのであれば仕方がない話なので、私が横からどうこう口出しするのは筋違いだが。 例の初恋の彼に、「私も結婚くらいできるわよ!」と、僅かに残っている女の底意地とプライドの為にFacebookで再度連絡を取ってみたい気持ちも多々あるが、同時にあの頃の同級生達と芋づる式にネットワークを再構築する羽目になってしまう。ささやかなプライドの為に、葬り去ってしまった過去の墓を掘り起こすのは、ちょっとリスクが高すぎるようだ。

運動部のマネージャー

主人が趣味でインドア•サッカー(フットサル)をやっている。 「今度、俺の試合観に来いよ。」と主人、絶対嫌!と即答した。 お弁当の手作りおにぎり(サンドイッチ)、粉で作った薄味のポカリスエット、タオルを練習試合後の彼に「お疲れ♡」と差し出す。無理である。 これは個人的な経験によるものなので、世の中の人を一括りにして判断するのは良くないとわかっているが、ここは敢えて目を瞑って聞いて頂きたい。 私は運動部(特に球技)とその女子マネージャーが嫌いだ。 過去記事を読んで頂いた方は私が地味なサブカル•ブス女だとご存知だと思うが、 言われる前に言っておこう。もちろん僻みも入っている。 なんにせよ、24時間テレビと同じくらい嫌いなのだ。 さて、主人に「サッカー部のマネージャーかよ!ないわー!私は他人(しかも素人)の練習試合観て身の回り世話する程暇じゃないのよ、大体!あんたの飯炊きババアで十分やわ、そんな暇あったらヨガもう一クラス取るし!」と、まくしたてた所、「マネージャーって何?」と訊かれた。 なるほど、アメリカには運動部のマネージャーという文化がどうやらないらしい。 私が説明した所、「それは男尊女卑だ」と言っていた。(もちろん同性のマネージャーもいるが、稀といえば稀である。ちなみに、私の高校はスポーツが強かったので、一部の男子球技部は女子マネージャー禁止だった。理由は部員の気が散ってはならないから、との事。納得。) アメリカで一番近い文化といえば、恐らくアメフト部員とチアリーダーだろうか。 いずれにせよ、私はどちらも大嫌いだ。 特にサッカーをやっている男にロクな思い出がない。 高校に入学した二日目の通学途中、車両で隣り合わせになった同じ高校の制服を着た男子生徒に、上から下まで見られた後、面と向かって「ブス」と三回言われた。 期待に胸を膨らまし、夢いっぱいで入学した高校生活二日目にこれはさすがに堪えた。 そいつは、言うまでもなくサッカー部だったのである。それ以来、独断と偏見だと分かっているのだが、サッカーが嫌いだ。また、学校の中庭でクラスメイトとおしゃべりをしている時、ラグビー部と思われる男子生徒に「ブス」と罵られた事もある。通学途中も含めれば数えきれない位にブスと言われて来た私だが、さすがに同じ高校の生徒というのはダメージが大きい。 取るに足らないネガティブな経験談はここまでにして、女子マネージャーの話に戻そう。 さて、この(男子運動部の)女子マネージャーなる女共も、私はどうしてもいけ好かんのである。 傾向としては、裏表があって計算高い女が多く、どうやれば男の気を引けるかを熟知しているのだ。17そこそこの女子がこのようなテクニックを理解していると考えてみると、恐ろしいと言えば恐ろしい。また、このような女に嫌われてしまった場合、気がつけば仲間が居なくなっていて、孤立している可能性がある。周到な根回しをし、男と先生をも味方に付けて自分の手を汚さずに嫌いな人間を追い込む。自分で書いていて昼ドラみたいで笑えてくるが、実際に私が中•高校生の時にこのような女は少なからず存在した。スポーツが大好きなの♡だからマネージャーになろうと思って♡スポーツが好きなのではなく、スポーツをやっている男が好きなのだ。結局、球やのうて玉が好きなんやろが、お前!球と違うて、玉追いかけとるんやろが!おっと、失礼、取り乱しました。 以前、「バンドマンの彼女」の記事で登場したサブカル仲間の友達と、私達がいかにタッチの南ちゃんがカマトトであるかを真剣に話し合った事もある。最終的に論点は「南ちゃんは処女か否か?」に発展し、熱い議論を交わした。(非処女で14くらいで初体験を済ませている、と私、彼女は処女だと言い張るので意見が割れたのだ) 南ちゃんを例に挙げると非常に分かりやすいが、私はこのような女々しいというか、女であることが全面から出ている女性が苦手である。アメリカ人の女性も確かにぶりっ子で計算高い奴も多々存在するが、私の嫌いなこのマネージャー系の女子に比べればネチネチしていないので潔くて分かりやすい。「私には価値があるから、あなたはこれだけの事をしてくれて当然なのよ!」といった上から目線で女王様を思わせるハッキリした態度なのだ。(これはこれでイラっとするのだが) ただ、冒頭にも触れたように私は彼女達のように上手にカマトトも出来なければ、女らしさを売りに男性のハートを射止める事もできないし、自信もないので、僻みと言えばブスの僻みなのかもしれない。 この高校時代で自分がブスだと確信し、またブスに厳しく、ブスが生きにくい日本での生活に限界を感じた。と、いう訳で二十歳で祖国を捨て、アメリカに亡命した。知人からは『ブス難民』と言われている現在に至る。 そして、未だにスポーツとそのマネージャー嫌いは克服できないままである。

国際交流できない

大学時代、大変お世話になった友人の結婚式に招待された為に帰国した。素晴らしい旅行プランに半年前から心躍らせ、一切空気を読まずに二週間の長期有給を取った。 ただ、東京のホテルは高い。ニューヨークの底辺中の底辺で生きている私は、経済的に大変厳しいので、宿泊費を浮かす為に外国人向けのホステルに宿泊した。個室でプライベートは確保出来るのだが、お風呂とトイレが共用で、一階には広めの共用リビングルームが併設されていた。 チェックインの際、このリビングルームに足を踏み入れた時に感じた、絶賛国際交流実施中の空気感に耐えられなかった。海外好きの日本人宿泊者が積極的に外人に話しかけて友達になろうとしていたり、あるいは友達になったので、東京を観光案内してあげるプランなどを練っている事が予想される談笑。夜になれば、インターナショナルな顔ぶれが輪になって酒盛り国際交流。恐らく、知り合ったばかりで意気投合し、世界は狭い&みんなトモダチの精神で行われたパーティーと伺える。 10年前、国際コースというハイカラな名前の教育課程で英語を勉強していた私であれば、喜んで輪の中に入って国際交流しながら胸をときめかせていたであろう。実際、高校生の頃にそういった寄り合いに何度か参加した事がある。異国の人とのふれあいに心躍らせてるブス女だった。 しかしながら、加齢のせいか、今回の旅行でのこの雰囲気はあまりにもしんどすぎた。もうこの歳になると、仕事以外のシチュエーションでわざわざ自分から声を掛けて友達を作ろうというパッションが残っていないのだ。趣味で2年程続けているヨガでも、先生と軽く話す程度でヨガ友達は未だに一人もいないし、作る気も一切ない。ヨガを習いに行ってるんだから、ヨガだけやってればいい話である。友達を作る労力は新しいポーズを覚える労力に回したいのだ。国際交流となると一層のことハードルが上がる。 ウェア•アー•ユー•フロム?から始まる面倒な自己紹介、とりとめのない趣味の話や職業など、一から相手に探りを入れなければならない。オウ!アーユーフロムキョウト?アイワナゴーゼアサムタイム!この安っぽい感嘆は、ここ十年弱で何万回も繰り返され、正直聞き疲れた。何故、自ら疲れる事をしなければならない?今の私は、人種•国籍問わず話の合う人とのみ仲良くなりたいと思ってしまう。 追い打ちをかけるように、私が宿泊していた三階のインターネットがダウンしていた。日本ではデータプランがないため、インターネットにアクセスできない。このままでは、式場への行き方や乗り換え案内が調べられないではないか!幸か不幸か例の一階リビング•ルームのインターネットは問題なく使えたので、調べものはあの部屋で済ませなければならないという事態に陥ってしまった。 しぶしぶiPhone片手にリビングルームへ赴いた。着物を着て写真撮って貰っている日本人女子大生、敢えての着物で日本人らしさアピールで、あわよくば異国人の注目を集めようとしているのか。そうゆえば留学初期は浴衣を着たり、持ち寄りパーティーで意気込んで和食を作ったりしていた。たどたどしい英語で話す日本人と訛りの強い英語で話すヨーロッパ人…素晴らしい国際交流である、ただ、今の私にこの空間は正直しんどい。誰とも目を合わせないように端っこに座って乗り換え案内を調べていたら、黄色人種の異国人男性が話しかけてきた。日本人女と仲良くなりたかったのであろう、しかし国際非交流状態で不機嫌だった私は、仏頂面で応対し、一方的に会話を切ってしまった。ちょっと申し訳なかったが、きっと世界では軽い•すぐヤレるで有名な日本人女であれば誰でも良かったのであろう、是非とも他を当たって頂きたい。そして、時折注がれる日本人女子達からの冷たい視線…わざわざ外人向けホステルに宿泊しているのだから、日本人と関わりを持つのは極力避けようとしているのだ(避けられる前にこちらからも願い下げだが)ああ、私もそうゆえば、留学前は「日本人とは極力関わらない」と確固たる意思で渡米した。変な意地を張って相手が日本人だと分かれば出来るだけ避けるようにしていた。今回、主人も旅に同行したのであるが、チェックインの際にリビングで二人で話していた時に受けた視線は更に厳しかった。何?あのブス女!やっぱり白人の女はブスなのね!余談であるが、主人は七日間の滞在でホステルに居る間はほぼ自室に引きこもっていた。リビングルームで過ごしたのは2回(チェックイン&アウト)だけだった。元々引きこもり気質なのだが、理由は私が述べていた事とほぼ同じで「他人と関わるのが面倒」との事。 結婚式がいかに素晴らしかったかは長くなるので割愛させて頂く。同じ大学時代の友達で、大阪から出席した子はビジネスホテルに宿泊したらしい。値段を聞いてみてびっくり、私が泊まったホステルとほぼ同額だったのだ!しかも、都心でかなり便利の良い場所である。(山手線沿線)ホステルが安いという先入観がすっかり落とし穴になっていたらしい。 ホステルに宿泊した事で、確実に自分が年老いている事を肌で実感できた。この先、もう仕事以外で国際交流は出来そうにない。まあ、元々日本を代表出来るような立派な人間でもないし、誰にも迷惑はかからないだろう。

クリスマス・イブの悲劇

「今年もサンタさん来てくれはるかなあ?」 「ええ子んトコにしか来はらへんさかいに、あんたのトコには来はらへんのちゃうか。」 「うち煙突ないのに、どこから入ってきはるん?」 「…窓や。」 まだ小学生だった頃、幾度となくこんな会話を両親と交わした。 だが、その年は一味違ったクリスマスイブとなった。 恐らく、小学校3年生だった頃の話。 ご存知の如く、アメリカのようなクリスマスホリデーは日本にはない。 両親は容赦なく仕事だったが、子を思ってか、しっかり定時で帰ってくれて、 家族でクリスマスのお祝いをする。(別にキリスト教徒じゃないけど) 食卓に並ぶのは、骨付きの照り焼きチキン、サラダ、コーンスープ、祖父が作った大根のたいたん(煮物)、エビチリ、白ご飯、味噌汁、奈良漬け、デザートにイチゴのショートケーキをワンホール、おつまみ用ハッピーターン、父親用の焼酎、などという、ある意味国際的なの豪華料理が、ちゃぶ台(もちろんコタツ)に並んでいた。いや、汁物、二つもいらんやろ。 ショートケーキにろうそくを立てる祖母、誕生日でもない弟がそれを吹き消す。突っ込みどころ満載だが、そこは敢えて誰も突っ込まない。 ここまでは毎年恒例の光景。 デザートもそこそこに、テレビを見ながらリラックスタイム。 家族団らんのひと時に突入。 祖母がそれとなく、「サンタさん来はるん、楽しみか?」と私と弟に尋ねてきた。若かった私は、他人を疑うことなど知らなかったので、サンタクロースの存在を心から信じていた。実際、サンタクロースに手紙を書いて、枕元に置いたりと、とても健気な小学生だった。その年も、私はサンタクロースが窓から侵入してくる光景を想像しては、わくわくしていたのだ。私と弟は、祖母にいかに楽しみであるかを熱く語った。 和やかな時は過ぎ、時計は夜十時を回る。 子供は眠る時間となった。弟は既に眠かった様なので、先に寝床で就寝、熟睡。 眠くない私も、半強制的に居間から追い出されることになった。 寝床に向かう、階段を上っている時、大人たちの話し声が障子越しに聞こえた。なんせ、障子、会話が丸聞こえ。 「いやー、それにしても、あの子らはまだまだ素直でええ子やな。すっかりサンタの存在信じてからに。」と祖母。 私は、一瞬何が起こったのか分からなかった。盗み聞きを続ける。 「ほんまに、すっかり信じ込んでしもてるさかいになあ。」と、祖母。 二度目の祖母の発言で、私は確信した。サンタクロースは存在しない。 「まだまだ子供やなあ、ほんまに信じてるさかいになあ。」 上記の如く、祖母は三回以上同じような発言を繰り返していた。 見事にやらかしてくれた、おばあちゃん。 すっかり肩を落としながら、寝床に向かう私。 寝床に就く階段を上りながら、大人の階段も一つ昇ったと言う訳だ。 現在の私の人間不信は、恐らくこの頃から始まったように思える。 翌朝、例の如く欲しかったプレゼントとサンタからの置手紙が枕元に。 「みてみてー!サンタさん、手紙の返事と、うちが欲しかったもんくれはったでー!!」 ハリウッド女優ばりの名演技を、その後、二年ほど続けたのは、言うまでもない。

ひねくれブスと結婚式の葛藤

二十代後半、ここ数年私の周りも怒濤の結婚ラッシュが続いている。 しかしながら、海外在住となると日本にいる友人の結婚式に欠席せざるを得ない場合が多く、招待状を頂く度に心苦しい思いでいっぱいである。ニューヨークから祖国はさすがに遠く、生活保護よりギリギリ上くらいの低所得者の私には航空券代すら捻り出せない事が多い。更に違法スレスレの有給しかないので、休むorクビの酷い労働環境…。せめて台湾、韓国あたりに住んでいればもう少しフレキシブルだったのか。まあ、貧乏は自分の責任なので、なんとも情けない話である。 さて、今回は私自身が結婚式を通して経験した、ひねくれブス特有の葛藤についてお話させて頂きたい。 私が結婚式を挙げたのはかれこれ3年近く前、当時は二十代半ばだったので同級生の中では早い方だった。 「晩婚と思われていたお前が…」 「ええ、まさか田上が結婚?」 驚く周囲。予想通りの反応に、やはり自分が地味+誰にも拾って貰えないキャラが定着していたのかと改めて実感した。 結婚は絶望的と思われていた娘が嫁ぐと聞いた両親はこの上なく嬉しかった様子で、有り難い事に私の為に式を挙げてくれるという話になった。私の要望と予算の関係で、親族のみの神前式+1.5次会披露宴といった、とてもささやかなものでとなった。結婚式は実家のある京都で行われ、主人の両親もアメリカからわざわざ駆けつけてくれたのも感謝している。 ちなみに母親にまで「あんたみたいなブスを拾ってくれる物好きがおるとはなあ。感謝しよし。」と言われた挙げ句、私も自分の顔と性格を考慮した上で、今回を逃したら一生結婚出来ないであろうと予測し、正直少し焦っていたのもある。 要するに国際結婚にありがちな、祖国の女に相手にされない負け犬白人が黄色人種のブス女を拾い食いした典型的なパターンがこの私である。結婚後の苦労が計り知れないという話はまた次回お話させて頂こう。 さあ、式場も決まり準備が進むとなると、ブス女特有の葛藤の始まりである。 ミッション1:ウエディングドレス 女性ならほとんどが憧れるであろうウエディングドレス。 私もこっそりと憧れていたのであるが、ここで自分のビジュアルとの葛藤があった。私のようなブスがウエディングドレスを着た場合、単なるコメディーショーになるのではないか?ゲストの方が美人なのは確実なので、自ら道化を買って出るような真似事をわざわざしなければならないのか?わざわざ「あのブス」と後ろ指をさされて笑われる為にお金を掛けて式を挙げるのか?果たして私の様なブスを祝福してくれる人はいるのだろうか?自虐が特技な私も、さすがに人生で一回位は主人公になってみたいと思っていたが故の葛藤である。僻み女の記事でご紹介した通り、来賓の売れ残りお局が花嫁のドレス姿を中傷していた事が軽いトラウマになっていたのも手伝い、酷い被害妄想に悩まされていた。毎日、『ブス 結婚式』『ブス ウエディングドレス』とグーグル検索を掛けては記事を読み漁り、ため息をついていたのである。幸い、私の友人は皆心優しい謙虚な良い子ばかりなので、主人公より目立つような非常識な服装で来るビッチは誰一人としていなかった。インターネットの記事を読んでいて、花嫁より目立つ場末のホステスみたいな服装の女や全身白で出席する非常識な女達の存在を知って心底驚いた。映画や小説の話かと思いきや、事実は小説より奇なりである。 余談だが、結婚式のDVDを一度も観ていない。何が楽しくて自分の顔を映した動画を観なければならないのか。それこそ『笑ってはいけない結婚式』ではないか!両親は喜んで何度も観て感動していたそうだが、自分の娘フィルターというのは恐ろしい。 ミッション2: 披露宴に誰を呼ぶか 私ごときの自己満パーティーに誰が来たがるのか。 呼ばれたら迷惑だろうと思い、当初は地元の友人5〜6人と恩師のみを招待する予定だった。しかし、中・高・大で仲良くしてもらっていた友達を誘わないのは結果的に失礼に当たるのではないか、と思い直したのである。とても申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら「気が向いたら来て下さい」程度の気持ちで10人近くに招待状を送った。すると、人伝いで私が結婚すると耳にしたらしい友人達がお祝いのメールをくれたり、または「是非式に呼んで」と有り難い事を言ってくれる子が多く、我ながら友人には恵まれている幸せ者だと痛く感動したのを覚えている。それでも気を使って極力は招待しないように心がけていた。すると、高校時代の友人と去年再会した時に「私、田上の結婚式に招待されなくて凄くショックだったんだけど…」と言われてしまった。私から言わしたら呼ばれたら迷惑を掛けるだろうと思い込んでいたので、本当に申し訳ない事をしてしまったと反省している次第である。(彼女に「次の結婚式には絶対呼ぶから!」と言うと苦笑いしていた) ミッション3:名字変更 結婚となると、名字が変わる。しかし、アメリカは夫婦別姓が認められているので私は名字を変えなかった。旧姓田上のままである。「カメラマンとして活躍するポートフォリオの名前は、田上スカイラーのままじゃないと嫌」と表向きはカッコ付けた事をほざいていたのだが、真相は今ここで初めてお話する。まずは書類上の名前変更が面倒だったこと、そして自分が主人の西洋的な名字を名乗るのがどうしてもコンプレックスに感じてしまったからである。仮に私の本名を米子として、「マッカートニー・米子」と事ある毎に名乗らなければならない。第一、私如きの人間が西洋の名字を名乗ろうなんて生意気なのだ。この顔で「マッカートニー」だなんて、調子に乗っていると思われるに違いない。名乗る度に「国際結婚したブス女です!」と自ら公開処刑するようなものである。ああ恐ろしい、顔だけで十分ハンディキャップなのに、これ以上自分の首を絞めるのはよそう。自分イジメ、ダメ、絶対。ちなみに、フェイスブックでは主人の名字を名乗っているので、話が矛盾している。ここにも複雑な思いがあるのだが、私は小•中の地元同級生と自分の出身地が大嫌いなのだ。特に何があった訳でもないが(本当の事言うと、ちょっと虐められてた)誰にも見つけられたくないからである。奴らに見つけられる位なら、旦那の名字を名乗った方が断然マシなので、やむを得ずの対策だ。 おまけ: 披露宴にて。結婚をこれからに控えた夢見る女子達が「結婚した決め手は?」と私に訊いてきた。恩師も横にいた。そこで、「いやあ、ノリで結婚しやしたっ!」とキャンドルを手にのたまわってみると、そこに居た全員がドン引きだった。皆様苦笑い、しまった、エラいこっちゃ。自虐もやりすぎると良くないのね…。 最後になってしまいましたが、これから結婚式を控えている皆様の式が、生涯の思い出に残る素晴らしい日になる事を心よりお祈りしております。

バンドマンの彼女

「こんな事になるのであれば、十代の間にバンドマンにヤリ捨てされとけば良かった。」 いわゆる「青春浪人」(青春時代に遊び尽くせていなかったしわ寄せで悶々とする二十代)の私とサブカル仲間の友人は、深夜ニューヨークでジャズを聴きながら嘆いた。目の前で西洋版・オダギリジョーがクラシック・ベースを演奏していてこんな話題になった。余談であるが、このバンド内だと誰とヤレる?と、会話の内容は男子中学生と変わらない。「ヤってみたいディズニーの王子様」にまで話が飛躍した。もちろん、普段からジャズを聴く様なお洒落仲間ではない。この5分前にはお気に入りのアダルトビデオについて真剣に議論していた。 話が逸れてしまう前に本題。 バンドマン、フォトグラファー、ダンサー、ライター、映像作家、デザイナー…いわゆるアーティスト系のクリエイティブな職種の男性は女性のハートをくすぐる魅力に溢れている。 特にミュージシャンは、見た目は普通のお兄さんでもステージに立っているというだけで10割増でカッコ良く見えるのだ。一般的にバンドマンはモテ男が多い。 しかし、彼らと真剣にお付き合いをする上での問題点は、定職に就いていない(就けない)ダメ男が多い点ではなかろうか。 私はバンドマンと付き合った事がないので、リアルな実体験を報告出来ないのが非常に残念ではあるが、バンドマンと付き合っていた知人の何人かは確かに苦労していた。最低限の収入はアルバイト、やれスタジオだのライブだので常にお金がない。彼女に金を無心するのである。その上、女ったらしという取って付けたようなダメ男が多かった。皆が皆そうではないが、傾向としてバンドマンは誰よりもステージで演奏している自分を愛しているので、その彼女はことごとく振り回される。彼女が彼を思って料理している横で、当のバンドマンの彼氏は、ロッキン・オン・ジャパン(あるいはローリング・ストーンズ誌)にインタビューされた時の自分を想像している。そんなダメ男達の魅力といえば、やはりライブでギターをかき鳴らしている時の格好良さだろうか。興味のない人間からすれば、完全に自分に酔っているただナルシストに見えると思うが、やはりミュージシャンが演奏している姿というのは魅力に溢れている。極端に言えば、カート・コバーンに言い寄られて断る女性は少ないと思うのは私だけだろうか。私の場合、カートとなら火遊びでも!と秒殺である。 実際、アマチュア・バンドのショーを観に行った時、「お持ち帰りされ待ち」の若い女の子をよく見掛ける。過疎化しているライブハウスの最前線でキャーキャー言いながら、やたらと露出度の高い服を着ている。ぼったくりのビールを右手に、最後尾で冷静に人間観察している30代手前の自分が少し悲しくなる。 しかしながら、冒頭でも触れたように、私個人的には、まだやり直しのきく十代から二十代前半の間に、こういったダメ男に徹底的に遊ばれておけば良かったと非常に後悔している。 映画「あの頃のペニーレインと」(“Almost Famous”)をご覧になった事はあるだろうか。駆け出しで売れ始めたバンドの追っかけをする女の子がリアルに描かれているので、まだ観た事ない方は是非ともチェックして頂きたい。私が思い描くバンドマンとの恋愛の世界はこの映画に凝縮されている。 他のファンの女の子と君は違うんだよ、と特別扱いされて優越感に浸ってみたり、誕生日に自分の為に作詞作曲してくれたラブソングを弾き語りでプレゼントしてもらったり、ライブで「僕の大切な人の為に歌います。」って言われてみたり、彼のカッコいいステージをサポートする為に働く自分に酔ってみたり、自分たちをヨーコとジョンだの、ナンシーとシドだの、コートニーとカートだのとことごとく美化して感傷に浸ってみたり、別の女との浮気が発覚して怒鳴り散らして同棲中のアパートを飛び出してみたり、なかなか刺激的ではないか。 しかしながら、こんなエキサイティングで危険な恋愛を今から楽しめるか?と言うと、正直私にはそんなパワーは残っていない。一応結婚しているというのもあるが、もし独り身だったとしても同じ意見であろう。心は17歳でも、もうこれ以上失敗出来ない年齢というのが現実なのだ。取りあえず定職に就いている、浮気しない男性が一番だと思うのは、自分が年を取ってしまった証拠だと感じずには居られない。 やはり、バンドマンとの過激な恋愛は、妄想範囲で収めておくのがケガも火傷もしなくて済みそうだ。

移民局を色気で乗り切る女

友達と、「女である事を利用するとは、どんなもんか」という話になった。 時をさかのぼる事1年前くらい。記憶が薄れつつあるキャバ嬢時代に短期で来ていた女の子(名前も覚えていないが、分かり易くAちゃんとしよう)との、控え室での会話を思い出した。 アメリカの移民局は厳しいので、観光ビザ(約3ヶ月有効)でギリギリまで滞在し、頻繁にそれを繰り返していると入国拒否される可能性があるのはご存知だろうか。アメリカは移民の国なので、不法侵入/滞在者が多く審査が厳しいのだ。 例の女の子も、3ヶ月単位でアメリカに滞在し、何度も出入りしていたらしい。 さすがにアメリカの移民局も入国回数が多過ぎるので、怪しいと感じたらしい。 より詳しく査証内容を調べる為の「別室送り尋問」を毎度喰らっていたそうだ。当たり前である。 「でも、毎度別室に送られて尋問されて、入国させてもらえるものなの?かなりリスクがあると思うんだけど。」と、ある女の子が尋ねた。 すると、Aちゃん「ああ、そんなの簡単だよ。番号教えたり。」 女の子「え、何、どうゆうこと?」 Aちゃん「今度遊ぼうよー!って。」 一同「え、移民局の審査官に?」 Aちゃん「そうそう、結構入れてくれるよ。」 私「もし、その審査官から連絡来たらどうするの?」 Aちゃん「あー、全無視!」 …一同、驚きのあまり絶句。 こいつはたまげた、とは正にこの状況で使いたいフレーズである。 確かにAちゃんは美人ではあったが、私が言うのも申し訳ないがスーパーモデルや女優を思わせる程の容姿かといえば、そうではない。男性を虜にさせる潜在的な魅力がきっと備わっているのであろう。 しかし、とてもドライな子だったので、女特有のネチネチした陰湿さ、計算高さ、不快感を彼女から感じる事はなかった。同じ席で接待した際も気を使ってくれて優しい良い子だなーと、むしろ好感を持てるタイプの子だった。ああ、なるほど、これか、潜在的魅力。 それ以上に、自分に相当の自信がないと出来ないであろう。 あと、彼女は英語もかなり流暢だったのでそれも手伝っての神業である。 いや、それにしても移民局の審査官、しっかり仕事しろよ! どっからどうみてもジャパニーズ美女で安全そうでも、アルカイダ一味の嫁かもしれないではないか。アメリカ滅亡を企む、世界的凶悪テロリストだったらどうするつもりなのだろう。 審査官「いやあ、あまりに彼女が美人だったからさあ。その上、電話番号まで渡されたら、こいつは、もう入国させるっきゃないと思ってね!hahaha!まーさか、世界的なテロリストだなんて、全く持って想像が付かなかったよ。これが美人局ってやつか!いやあ、参ったよ!」 ※西洋人が出てる安っい再現ドラマの吹き替え風で読んで下さい。 ちょ、おっさん、笑い事ちゃう!何が『いやあ、参ったよ!』や! 不法移民に対して、厳しく審査するならするで、美人局に惑わされない揺るぎないプロ意識で仕事に励んで頂きたい。 アメリカの未来が掛かっているのだから。 追記: 勘違いブスが同じ事をして、「ふざけんな!」と後ろ手錠で強制送還されたところで、私は一切の責任を負えない。審査官がオカマかもしれないではないか。個人的には絶対にお勧めしないが、やるなら自己責任で。

いかがわしい贈り物たち

この前、エロ媒体へのアドベンチャーの思い出話について書いたばかりだが、今回はより大人になった私を悩ませ、また、友達をハラハラさせてしまった贈り物たちについてお話させて頂きたい。 私がまだ大学に入ってすぐの頃、長く付き合っていた彼氏といかがわしいお店でいかがわしいオモチャを購入した。まだ若かったのでほんの興味本位である。もっというならば、美味しい味のする怪しい液体も同時に購入した。口外はしないが、皆さんもある程度は経験済みだと予測する。 彼との楽しい日々も束の間、アメリカ留学が決まっていた私は当時の彼を日本に置き去りに渡米するに至った。彼とどうなったかは本筋から逸れるので割愛させて頂く。当時、東京に住んでいたので実家の京都へ一度荷物を引き上げてからの渡米となったので引っ越し作業が大変だった。何はともあれ、無事アメリカに入国し、生活も落ち着き始めた半年後に母親が日本から荷物を送ってくれた。インスタント・ラーメンや化粧品などの消耗品が殆どであったが、その中に見覚えのない鞄が入っていた。何かと思い、中を覗いてみるや否や、何故か彼と遊んでいた例のオモチャが佇んでいたである。引っ越しの際にしっかりと隠したはず。どう考えても、母親が私が隠した場所から見つけ出し、移動させて送りつけてきたとしか考えれない。これは、母親の善意なのか悪意なのか、いまだ全く持って謎であるが、今更確認する勇気もない。 余談だが、うちの母親は私がまだ東京にいた頃に、何故かTバック5枚とセクシー・ランジェリー数枚を送りつけてきたことがある。「サティ(現イーオン)で、おばあちゃんと選んだんやけど、なかなか可愛いやろ?おきばりやす!」何をおきばりやすなのか良く分からないが、有り難く使わせて頂いた。 もう一つは逆パターン。入院の為に日本での療養が必要となった友達の長期一時帰国が決まった。彼女は当時のアメリカに住む彼と遠距離となったので、私は彼女の事を思い、アダルト・ショップでアメリカンサイズのマシンを購入した。マーク(仮名)だと思って使ってね♥と添えた。我ながら気が利くではないか。自分で考えて贈ったプレゼントに大満足しながら郵便局を後にしたのであるが、2週間後に彼女から切迫した声で電話が掛かって来た。「田上!プレゼントありがとう、でも実家にあれはマズいよ、危うく家族に開けられそうになったよ!涙」下ネタが暗黙の了解であった彼女の家。デリカシーに欠けた贈り物となってしまったらしい。引っ越しの時に隠し切れなかったアレ動揺、今回も詰めが甘かったらしく自分の行いを深く反省した。 彼女が完治し、アメリカから戻って来てからすぐであるが、今度が私がアダルトショップで例の物を購入しなければならなくなった。前の機械が壊れたのだ。通販で買おうとしていた所「そんなの、面白くない!ショッピングに付き合う!」と申し出てくれたので、二人仲良くアダルト・ショップでデートとなった。 例のお店に入ってみると、仲睦まじいカップルが普通のサイズより、かなり大きめのやつを手にしながら商品を吟味していた。ここまでは普通の光景であるが、二人の間には3歳位になる子供が佇んでいたのだ!子供が怪しげな棒を手に取り、「ママー!これはどう?」と商品を勧めている。もちろん、本人は訳が分かっていない。お母さんは、ちょっと待ちなさい、もうすぐ済むからね、とその光景はまるでスーパーマーケットのようだ。ただ、場所があまりにも間違っている。私と友人はその光景にかなり衝撃を受けてしまった。アメリカは確かにオープンであるが、ここまでオープンだったとは…。例の子供は男の子だったので、彼がお兄ちゃんになる日もそう遠くはなさそうだ。 この大人のオモチャ、掘り出してみると面白いエピソードを持っている人が多かったりするので、個人的には皆さんのエピソードも是非お伺いしたいところ。なにはともあれ、ちょっと恥ずかしいにせよ、この小さな機械で生活が少しでもハッピーになるのであれば、世界は案外平和なのかもしれない。

死人が出る会社

元同僚がホームパーティーに招待してくれた。そこで久々の再会を果たした、例のブラック旅行会社の元同僚たち。ほとんどが転職し、各々に新しい一歩を踏み出している。私たちは底辺中の底辺にいたので、あの会社を経験済みならばどこでもやっていける。軍隊同様の忍耐力を培われるということだけが、ブラックの唯一の強みだ。 ブラック会社の元同僚が10人近く集まるとなると、当然話題はあの会社の話になる。現存の社員から退職後の経過を聞いたところ、出るわ、出るわの驚きのストーリー。 女とオカマと片手に収まる程のノンケしかいないあの会社の中で繰り広げられる不倫劇やら恋愛沙汰やらなんやら。余計なお世話かもしれないが、範疇が狭過ぎて近親相姦を思わせる気味の悪さだ。日本国内ならまだしも、わざわざ狭い日本を出、はるばるニューヨークまで来ているにも関わらず、この小さな人間関係の中でドラマを繰り広げている。アメリカ来た意味あんの?林真理子か桐野夏生の小説を読んでいるんじゃないか?と錯覚を起こしてしまう泥沼の数々…。事実は小説より奇なり、映画一本撮れるんじゃないの? 数ヶ月前に退職した元同僚、仮にA子ちゃんとしよう。 彼女が「念願叶って、ようやく退職出来たので告白しますね。私、ずっと抱えていた爆弾があるんです…。」との前置きに、衝撃のチャプターを語り出したのだ。 時はさかのぼる事2年ちょっと前。私もまだ会社に居た頃だ。 別支店のB君が謎の退職をした。うろ覚えではあるが、私も社報などを通してB君の名前は何となく覚えていた。そうゆえば、社報でB君が退職と書いてあった事をA子ちゃんから聞いて思い出した。 B君は、大学では人事関連の勉強をしていたらしく、アメリカの雇用法に関してはかなり詳しかった。 この会社で繰り返され、黙認されている、目に余る違法行為に疑問を抱き、事ある毎に本社にクレームの連絡を入れては会社幹部にはぐらかされる、の行為を繰り返していたらしい。彼の言い分と行動は正しい。しかしながら、会社上層部からは相当煙たがられていたとのこと。会社の理不尽な対応、ブラック企業特有の息つく暇もない仕事のストレス、そんな辛い時期に彼女と別れてしまい、ノイローゼ気味になっていたらしい。 ある日、B君が大きなクレームを出してしまった為に、上司にこっぴどく叱られた。翌日、何の連絡も無しに会社をサボってしまったとのこと。支店の上司達は、クレーム処理からバックレようとしているB君を逃がす訳にはいかない、とB君のアパートを訪ねた。そこに、ちょうどB君の元彼女も来ていたので鍵を開けてもらい、一緒に家に入った。 B君は首を吊って亡くなっていた。 言うまでもなく自殺だ。特に遺書などは見つかっていなかったらしい。それを良い事に、会社側は「B君が彼女にフラれたから自殺した」との理由で事を収めたのだ。過去記事を読んで頂いた方はお分かりかと思うが、この会社に入社した人間は精神が狂ってしまう。 私が知っている限りでも、社員の数人はパニック障害に掛かって投薬治療をしながら通勤したり、鬱で精神病院に強制入院させられ、退職した社員もいる。私も睡眠障害に悩まされていた。彼女にフラれた事もきっとショックだったと思うけれども、原因はきっと、それだけではないというのは周知の事実である。 彼が自殺した、本当の理由は彼にしか分からない。 彼が悩みに悩んだ末に彼が自分で決めた人生なんだから、と、親しい先輩に諭されたのはつい先日の話である。私が何よりも許せないのは、他の誰でもない社長だ。 B君の生命保険金処理の為に保険会社の人が本社を訪れ、社長室に通された。A子ちゃんのオフィスと社長室は隣り合わせだったので、会話が丸聴こえ。その時、A子ちゃんは社長が「笑いながら」B君が自殺した旨を保険会社の人に説明していたのを聞き逃さなかった。そうなのよ、困っちゃうわよね、どうしようかしら?まるで他人事。 人が一人死んでいる。 避けられない病気じゃない、事故じゃない、自殺だ。死ぬ事が彼の選択だったとしても、果たしてその必要があったのだろうか? 彼が、自らの命を奪わなければならないまでに追いつめられた原因は? 私たちは、一日の半分以上を会社で過ごしている。 会社が彼の自殺に影響を与えていることなんて、どんなバカでも分かる。 その会社を代表する人間が、従業員の自殺と保険金処理に付いて「談笑」しているのだ。 こんな事があっても良いのだろうか? 私が高校の時、一つ上の先輩が亡くなった。全校放送で先輩の死についての説明があった時、クラスメイトの一人が悪ふざけの延長で放送を無視して笑っていた。担任の先生は、すかさずそのクラスメイトの席まで駆け寄り、何の躊躇いもなく頬に平手打ちをし、「出て行け!」と怒鳴った。人が亡くなった時にふざけて笑うことが、いかに不謹慎であるかは高校の時にこうやって学んだ。それが常識だって分かっていたけど、先生が見た事もない形相で怒っているのを見、改めて人の死を軽く扱ってはならないのだと意識した瞬間だった。 私は、金にがめつく、自分の会社の社員の死を笑いながら話すような人間の元で2年間も献身的に働いていたのだ。 A子ちゃんはB君の自殺について知らなければならない立場の役職だった。上長からは「企業秘密だから、絶対に他の社員に漏らさないように」と口止めされたらしい。なるほど、だから社報ではB君は退職扱いになっていたのだ。「社員が自殺した」なんてことが業界に知れ渡るとイメージダウンにつながってしまう。会社の美しいイメージを保つが為に、B君の自殺はなかった事にされてしまった。犬死に、という言葉が頭を過る。会社のイメージは、一人の社員の命よりも重いらしい。百歩譲って、「自殺」と明記しなくても、「別支店の社員が不慮の事故で亡くなった」と社報に書いて知らせる事も出来ただろうし、一緒に働いていた仲間の一人に黙祷の一つを捧げる事位出来たはずだ。東北大震災の時は犠牲者に黙祷を捧げたのに、自殺した社員には黙祷の一つも捧げられない。むしろ、私自身もB君が自殺した話なんて、A子ちゃんから聞かない限り永遠に知る由もなかった。徹底した隠蔽体質。 更にこの社長、B君の葬式に参列する事を嫌がっていたのである。 なんで私が行かなきゃならないのよ?いや、社長、今回ばっかりはカタが付かないのでお願いします、と会社幹部が頭を下げた上で渋々参列した。数万人の社員を抱える大企業であれば話は別であるが、社員数は他支店を併せても数える程度の小さな会社である。バケーションで年に最低2回は日本に帰り、毎週の如くゴルフに参加するフットワークの軽さなのに、社員の葬式には参列する必要はないと判断したらしい。 本筋とは少し外れるが、この社長は相当金にがめつい。給料管理は会計部ではなく、全て社長が牛耳っている。社員の給料は最低賃金のギリギリ上くらいの安さ、おまけに私たちは移民なので、アメリカ政府の福利厚生が受けられない、ちょうど生き地獄の給料である。貯金する余裕も趣味に費やす余裕もないので、生きる為に仕事へ行くというルーティーンワークで将来に絶望しか見えなかった。社員は安月給で働いているにも関わらず、少し前に社長は市内の超高級アパート(東京で言うところの六本木ヒルズといったところ)を購入した。お気付きかもしれないが、社長の取り分が圧倒的に多く、実は会社幹部の給料も他社に比べると格段に少ないと先輩からこっそり聞いた事がある。社長が新居を買った年、私たち社員は全員ボーナスカットだった。いつまでバブルの名残を引きずっているのだろう。社員は死ぬまで追いつめられているのに。 何度もこの会社の悪事を暴くべく、アメリカの税務署と移民局に違法行為を通報しようと考えた。 しかし、出来ない。今、辞めた私たち元社員が通報してしまうと、現存の社員に迷惑が掛かってしまうと考えると、どうしても出来ないのだ。アメリカに夢を追いかけて来た社員もいるし、家族を持つ社員もいる。会社の悪事を暴くか、罪のない現存の社員を路頭に迷わせるか。社長と違い、私たちには心が残ってるので、どうしても通報することが出来ないのだ。会社側もそれを分かっていて、完全に足元を見ている。 前回も触れたように、このどうする事も出来ない怒りを一人でも多くの人に知ってもらいたい気持ちでこのブログを書いている。仲の良い知人に「もう終わった事なんだから、今は自分の事にもっと集中しなよ。」と、ごもっともなアドバイスを頂いた。正直、私もブラック時代の事は自分の中で消化し、辛かったけど良い経験になったな、と思い始めていた頃だった。しかし、今回の件をA子ちゃんに聞き、どうしてもブログを更新せずにはいられなかった。 一日でも早く、あの会社と社長の悪事が暴かれ、相応の罰をが与えられる日が来る事を願ってやまない。