新入社員と気に入らない社員の潰し方講座

かれこれ、もう3年近く前の話なので、記憶が徐々に薄れつつあるオーエル時代。しかし、あの辛かった日々、虐げられた痛みをここでどうにか復讐しようと悪あがきをしている執念深い女は、まぎれもなくこの私である。 さて、今回はブラック企業特有の「新入社員のいじめ方」と「気に入らない社員の辞めさせ方」についてお話したいと思う。 仕事が出来ない人間を擁護するつもりではないが、人にはそれぞれ得手不得手があるように、仕事の職種や業務内容によって個々が生かせる能力というのは違ってくる。就職難に嘆く人々が溢れ返っているこのご時世、新卒の若者でさえも内定を貰えないという噂もよく耳にする。誰もが自分が思い描く理想の職種に就けるとは限らない。自分がやりたいと思っている仕事に就いている人の方が少ないのではないか。あらゆる部分でみんな、妥協し我慢しながら、飯の種の為、家族の為に働いているのだ。 前置きが長くなってしまったが、私が新入社員として例の旅行会社に入社した理由は、この会社からしか内定が貰えなかったからである。実はギリギリまで内定辞退しようか否かを悩んでいた。アメリカで働いてみたい、もう少し頑張ってみたいと思っていた上に、他にオプションがなかったので仕方なくあの会社に入社する事に決めたのだ。 入社してからの研修期間は地獄だった。まず、私は要領が悪くトロいので、与えられた仕事が全く出来なかった。内容は旅行の予約受付業務。 大学では芸術を専攻していたので、全く関係のない仕事な上に興味がなかったのも手伝い、毎日が苦痛で仕方なかった。仕事が出来ない上に気が弱い私は恰好の餌食となった。 まずは、私が仕事でミスをすると大声で怒鳴られ、他の社員の見せしめとなる。そんな事も出来ないのか!また同じミスか!この給料泥棒!アホ、馬鹿、仕舞いには社員をお前呼ばわれ。罵る言葉の程度の低さにも呆れる。 聞いた話ではあるが、某有名大学(T大学としよう)を卒業した新入社員がミスをした際は、「T大出てるのに、こんな事も分からないのか!」と罵られたらしい。学歴コンプレックス丸出しではないか。自分で自分をバカだとオフィスの真ん中で叫んでいるようなものである。なんとも情けない話だ。 言葉の暴力だけに留まらず、ミスをした時にみぞおちを殴られた事もある。別の男性社員は、蹴りをカマされた事もあるらしい…。 また、私のように仕事が出来ない人間は、濡れ衣を被せられ易い。自分のミスでなくても「お前のミスに決まっている」との先入観を持たれているので、自分が悪くないのに意味もなく怒鳴り、当たり散らされる事が日常茶飯事だった。周りも見て見ぬ振り、正義を振りかざした所で自分に被害が及ぶのはゴメンだ。誰も上司のストレス発散の的にはなりたくない。 毎日夜遅くまで残って仕事をしていたので、家に帰る頃にはスーパーマーケットは全て閉まっていた。研修期間は残業代が付かなかったので、外食をするのも苦しく、料理をする事すらままならなかったので食べものへのアクセスが限られていた。その上、強迫観念と仕事に対するプレッシャーで鬱気味になり、食欲がなくなり、どんどん痩せていった。急な痩せ方に周りの人に心配された。風が強い日には吹き飛ばされて横断歩道に倒れ込むくらいに痩せていた。時々、通勤電車で目眩に襲われたり、貧血で気分が悪くなってしゃがみ込んだりもした。会社を休んだら罵られ、後ろ指をさされるので休めない。這いつくばってでも会社に行った。病んではいたが、体重的な意味では、あの頃にもう一度戻りたい。 世の中の事を何も知らない新入社員だった私は、これが世の中の普通なのだと洗脳されていた。「パワハラ」でググってみたところ、私が研修当時に受けていた「教育指導」は、全てパワハラに該当したので驚いた。 私だけでなく、同期のAちゃんやBちゃんも同じ思いだったらしい。幸い、Bちゃんは経理部、私は広告作成へ部署異動が出来たのでストレスが半減したのであるが、Aちゃんは予約部で毎日言葉の暴力に虐げられ、半年後には立派な鬱患者となってしまった。彼女は、全てに対する自信がなくなってしまって、誰からも自分は認められないダメ人間だと思い込むようになったのだ。終業後によく一緒にご飯を食べに行ったり、近場に小旅行へ行ったりする仲の良い関係だったので、お互い会社の愚痴を言い合ってストレスを発散していたものの、毎日会社で過ごす8時間はAちゃんには相当堪えたようであった。Aちゃんは一年半後に日本へ引き上げ、新しい職場では自分の価値を理解してくれる人達と出会い、ストレスフリーで生活している様子で何より。余談だが、私が日本で結婚式を挙げた時にAちゃんも参加してくれた。 Aちゃんのように、潔く日本に引き上げる子は問題がないのであるが、やはりアメリカが好きで残りたいという人も多い。しかし、ビザという厄介者の為に、このくだらない会社の奴隷にならなければならない、交換条件を身に纏っている人も少なくない。会社に逆らうと、ビザを打ち切られると脅される。ビザを打ち切られると、アメリカにはもう残れなくなってしまうのだ。 ブラック会社はこうしてアメリカで働きたい社員の足元を見ている。 新入社員いじめでストレスを発散するだけでなく、気に入らない社員を「辞めさせる」為に徹底的に追い込むのも、ブラック企業の大好物だ。売れ残りのアラフォー僻み女たちが牛耳っているオフィスだけあり、何かに付けて底意地が悪い。正直、会社幹部は全員人格障害ではないかと疑ってしまう。 さて、なぜ故に社員を解雇ではなく、退職に追い込む必要があるのか? 金である。 アメリカは、自主退職はいかなる理由であれ失業手当/保険が出ない。解雇すると、失業手当を払わなければならず、出費になってしまう。要するに、ブラック企業は社員にビタ一文払いたくないから、社員に嫌がらせをし、精神を病ませ、退職に追い込むのだ。 まずは、典型的なブラック会社にありがちな、社内の派閥劇。会社幹部でも派閥が分かれており、権力のある会社幹部Oがほぼ社内を独占していた。OはマネージャーIさんが気に入らなかったらしく、彼女を左遷させる事に決めた。理由は「Oさんはニューヨーク支部で甘やかされ過ぎているから」という曖昧なもの。Iさんは長く付き合っている彼氏がニューヨークにいて、そろそろ結婚しようか、という頃合いだった。OはIさんがニューヨークに残りたい事を重々承知の上での嫌がらせである。Iさんは立場上、会社命令の異動を拒否する事が出来たので、左遷を断った。 すると、翌日から権力行使の嫌がらせの開始。 今直ぐに必要もない他社のマーケティング・レポートを明日までに10枚書いて来いだの、利益を上げる為の企画書を書いて来いだのなんだの、しょうもない宿題を提出し始めたのである。 Iさんは、マーテケティング・レポートを書いている時にふと我に返り、「私はこの会社で、一体何をやっているのだろう?」と気づき、翌週には退職届を出したそうだ。今となれば、例の彼氏と結婚し子を授かり、幸せに暮らしている様子で何より。 また、私が同期から聞いた話であるが、3年程前にガンを煩ってしまった、マネージャークラスの人がいたらしい。病状はかなり深刻だったらしく、生死に関わるくらいに危ないラインを彷徨っていた。妻子があるにも関わらず、闘病生活を余儀なくされ、半年程日本で療養していたそうだ。奇跡的に回復し、復職に至ったものの抗がん剤治療を受けながらの勤務となったのだ。 目の前に末期がん患者を目の当たりにした方はお分かりだと思うが、抗がん剤治療といったら、本人でなくても見ているだけでその辛さは十二分に伝わる。私の祖父が肺がんを煩い、抗がん剤治療を受けていた時の記憶が鮮明に蘇る。とても強がりなあの祖父でさえも、弱音を思わず吐いていた。治療時以外はずっとベッドで横になっていてダルそうだったし、話しかけても弱々しい微笑みが返って来る程度の相づち。その辛さは、隠しても隠しきれていなかった。 会社側は半年も休んでいた人間がまたマネージャーという立ち位置に戻り、同じ給料を得る事と、彼の仕事の能率が下がる事が気に入らなかったらしい。抗がん剤治療を受けながらの勤務は決して容易ではない。むしろ、健康だった時と同じ仕事の生産性を求める事がそもそも間違いである。このマネージャーもまた、「君のこの仕事量でマネージャーは相応しくない。」と会社幹部や社員になじられ、自分が病気を煩っているという負い目も手伝って最終的には自主退職に追い込まれたそうだ。 さすがのガンジーもハンマー片手にオフィスのPCディスプレイを叩き割って周り、マザー・テレサはハーレーに乗ってオフィスに突っ込むレベルだ。人として、やって良いことと悪い事があるが、ここのオフィスの人間にはそんなシンプルな事も分からない。 以上の新入社員や気に入らない社員への追い込み方は、完全にパワーハラスメント行為に該当する。 しかしながら、自分の生活だけならまだ100歩譲ってある程度我慢が出来ても、家庭のある人は失業となると自分だけの責任ではなくなってしまう。乳飲み子を飢え死にさせる訳にはいかない。アメリカで働いているという移民という、政府の福利厚生が享受できない圧倒的不利な立場にある為に、余計にがんじがらめになってしまうのだ。例えば、弁護士を立てて訴える!などの、会社に歯向かう態度を見せれば、先程も述べたように、ビザを切られてアメリカから追放されてしまう。 あの会社の体質からして、「退職」といったかたちでしか解決策がないようだ。これじゃ、一世を風靡した「リング」の呪いのテープと同じではないか。また、今年も、無知な新入社員が虐げられ、プライドをズタズタにされて自信を粉々に砕かれた上に、新卒という一生モノのブランドを無にする。会社幹部のストレス発散の的となった社員の精神が狂ってしまう。 私は、あの2年間で泣き寝入りした社員を一体何人見て来ただろう。 別に、他人の為の正義感からこのブログを立ち上げた訳じゃない。ただ、私は納得出来ないのだ。社員の足元を見ているあの会社を、これ以上図に乗らせる訳にはいかない。 どこの誰でもいい、少しでも多くの人に、私が、同期のAとBが、仲の良かった先輩たちが、また今まだあの会社で苦しんでいる社員が経験した/経験している理不尽を聞いてもらいたい。だから、一方的に自分の意見が述べられる文章という狡い手段でブログを立ち上げた。私が見、聞き、体験したそれを、このブログを読んで知ってくれる人が一人でもいればそれでいい。ブラック企業で苦しんでいる社員が、これを読んで退職を検討するきっかけになってくれれば、尚更良いと思っている。… Continue reading

アメリカと日本、働く概念の違い

念願叶ってアメリカにあるアメリカの会社に仕事が決まり、約一ヶ月。 小さなカルチャーショックを受けながら、忙しくも楽しく仕事をさせて頂いている。 過去の記事をご覧になって頂ければお分かりのように、私は過去3年、ニューヨークにある日本のブラック企業で働いていた。なので、アメリカの会社ののんびりした雰囲気があまりにも衝撃的だった。9時ギリギリに出社して、夕方5時きっかりにオフィスを出る。5時になったらキリが良いところ、5分前になったら帰り支度をする。 初日、8:30AMに出社した際、オフィスのドアが開いていなくて入れなかった。翌日から、少し遅めの8:45amに出社すると、早朝シフトの人に「あなた、いつも早いわね!」と言われた。 8:30am 出社 8:35am 朝ご飯食べながらメールチェック、NY TimesとYahoo Japanのニュースチェック 9:00am 就業開始 このオーエル時代の習慣が身に付いてしまい、ギリギリに出社できない体になってしまった。 あと、未だに5時キッカリまで仕事をする癖が抜けない。 もう一つは、経理のおばちゃんが新人の子連れてきた。と思ったら娘さん(小学生)だったのだ。まず、子供を連れてきても寛容な会社にも驚いた。前の会社だったら、「公私混同するな!」と野次が飛んでいたに違いない。恐らく、ベビーシッターの都合がつかなくなったのであろう。しかし、この子供、配送部署の仕事をヘルプしてくれていた。会社も人手不足で困ってるので一石二鳥。それにしても良く働く子供で、文句も言わず、静かに一日中仕事してくれていた。ご両親の育て方、実に素晴らしい。生意気な使えないインターンより、この子雇った方がいいんじゃない?よそでもきっと重宝されるであろう。 また、アメリカのオフィスの人達は就業中はフル回転なのだ。一切気を抜かずに仕事に励む。 疲れたら時間を決めてコーヒー・ブレイクを取る。オン・オフの切り替えが素晴らしい。 日本の会社に居た時の、お友達残業や私用インターネットで時間を無駄にして結局ダラダラ残業、なんて事は一切ない。まあ、これは私のボスがしっかりしている人なだけなのかもしれないが…。 今、正に私が直面している困難が、「自分をアピールすること」なのだ。 前にならえ、右向け右、出る杭打たれるの三拍子が揃った戦時中の日本の教育をブラック企業で仕込まれた私は、ボスの顔色を伺いながら、ボス以上に出しゃばらない態度が反射的に出てしまっているらしい。 新卒の頃、まだ若かった私は「私が会社を変えて良くする!」というパッションに溢れていたので、あれもしたい、これもしたい、こうやったら良くなるんじゃないか?というアイデアを上司にアピールしては真っ向から否定され、苛立ち、歯向かい、上司やその他幹部とケンカしまくった。しかし、最後には諦めて受け入れ、ゴマを擦ってヨイショし、本音と建前で対応するようになった。会社幹部を「裸の王様」扱いするのが最善策だと学んだのだ。そして、気が付いたら3年経っていて、最後には完全に自分を見失い、睡眠薬が常備薬となってしまった。 私がブラックで学んだ協調性、謙虚な態度、時間厳守は今の会社でとても重宝されている。 しかし、自分自身のキャリアや昇級を考えるとなると、自分をアピールするという事は何よりも大切なのだ。これは、上司や社長に対するおべっかではない。私が新卒の時に持て余していた、怖いもの知らずの仕事への情熱なのだ。 私の前の上司は、自分で大きな仕事をやりたい人だったので、私に仕事を与えてくれなかった。一日5時間くらい何もやる事がなく、瞑想トランス状態に陥る事もしばしばあった。痺れを切らした私が、仕事をもっと与えて欲しい、と頼んでも「ロクな仕事もできない癖に、生意気言うな!」と、私のデザインを見た事もない会社幹部に怒鳴られた。私は、仕事をする為に会社に来ているのに、仕事が与えられない。周りからは楽で良いね、と言われていたのだが、一日中何もする事がないのはこの上なく辛いのだ。私用インターネットはもちろん禁止、見飽きた会社のHPや取引先のHPを何度もリロードしていた。そう、私は2年間「社内ニート」だったのだ。 習慣というのは恐ろしい。私は、ボスの仕事を取ってはいけないと思っていたので、彼女から新しい事を学びたいと言うのを控えていた。実際は、彼女はとても忙しく、時間があれば是非とも私に新しい仕事を覚えてこなせるようになって欲しいとの事だった。 彼女からの言葉で「あなたはとても仕事が早いし写真も素晴らしい。前のカメラマンも腕利きだったけど、あなた程の量はこなせていなかったわ。皆、あなたの写真を気に入っていて絶賛している。カタログは毎日確実に良くなっているわ。ただ、自分のした仕事をしっかりと周りにアピールしないとダメよ。そうじゃなきゃ、あなたが頑張っている事を誰も分かってくれない。細かい事でもいいの、撮影が終わったら報告のメールを一通入れるだけでお互いのコミュニケーションにもなるし、あなたの仕事ももっと評価されるのよ。」 とてもありがたい褒め言葉である。過去3年間、無能・給料泥棒と呼ばれ続けていた私からすると、嬉しいを通り越して驚きだった。 しかし、わざわざ周りに働きかける大袈裟な仕事は何一つしていないと思っていた私は、これを聞いて動揺した。当たり前の事を当たり前にこなしているだけなのに、それを自己アピールの一部としてプレゼンテーションし、自分自身への評価につなげなければならないのだ。他の仕事に関しても、もっと出しゃばるべきなのであろう。しかし、私にはこの一歩が踏み出せないでいる。ボスは何も感じていないと分かっているのに、反射的に顔色を伺い、周りとの調和を最優先してしまうのだ。身に付いてしまった、「出る杭」にならない習慣がどうしても抜けず、日々葛藤している。 私は、根本的に自分に自信がないので、元々、自分を良く見せるのがこの上なく下手なのだ。今となっては自分を良く見せる事が必然となってしまったので、自分の仕事をアピールするときは多大なるプレッシャーを感じ、吐きそうになりながら上司や社長に物を言う。きっと、声が震えている。 かといって、その他もろもろのアメリカ人の如く、大した仕事も出来ないのに根拠のない自信に溢れていると、これはこれで迷惑で煙たがられる。ブラック企業で学んだ協調性と自分を上手にアピールして仕事をこなす力、この二つのバランスが上手に取れるようになれば、私もアメリカ企業では一人前になれるのかもしれない。

自己啓発セミナーというか新興宗教に片足突っ込んでた話・後日談

つい先日、例の教団を通じて知り合った友達のポール(仮名)と半年振りに再会した。私と主人と3人でモダン・ダンスを観に行ったのだ。 ポールは教祖・ジョニーに相当献身していた、側近中の側近の一人だ。しかし、数ヶ月前に持病であるアスペルガー症候群の症状が酷くなり、精神が崩壊寸前となった。実家で療養する事も含めて、教団をしばらく離れるという決断に至ったらしい。私はこの話を聞いて驚いた。あのポールが…。 ポールの口から「ダンスが始まるまでは、どっかで飲もうか。」と聞いた時は驚いた。私は彼と知り合ってかれこれ4年目なのだが、お酒を飲んでいる姿はどうしても思い出せない。飲酒はダメではないが、よりハイレベルな生徒になるには控えるように、というのがジョニーの教えだったのだ。性欲も捨てれば捨てる程、もっと自分が見えるとの教えもあった。彼はそれらを忠実に守っていたのだ。 酒を交わしながら、教団を離れた本当の理由をぽつりぽつりとポールは話し出した。 要点をまとめると、 ☆教祖が決めたハードなエクササイズを1時間・瞑想を2時間、毎日こなさなければならない ☆プライベートよりも家族よりも自分自身よりも何よりも、教団への献身が第一。 ☆もちろんイベント計画・運営、定例ミーティングなどの布教活動も熱心に行うこと。 ☆自分だけが飛び抜けたクリエイティブな才能を、教団内で発揮してはならない。コミュニティの一員として、教祖と生徒のかかわり合いの時間を第一に、平等に暮らさなければならない。(ポールはミュージシャンなので辛かった) ☆僕が失業して困っていた時には、九時五時で良い給料の仕事を見つけて、空いた時間で教団に貢献しろと言われた。しかし、上記の掟を守らなければならないので、自分の時間はおろか、就職活動の時間さえもない。 ☆自分の時間が欲しいという考えは傲慢なエゴイズムであるとうのが教祖の教え ☆お金が底を尽きて家賃が払えず追い出され、ホームレス寸前になった。オンラインで知り合った、訳の分からないオッサンの家に身を寄せたりもした。食べ物を買うお金もなく、飢え死にしそうになり、最終的には精神が崩壊したので実家に逃げ帰った。 もう一つ気になっていた話、私たちが良く遊ぶ仲間のリア(仮名)が教祖からレベルを下げるように指示された真相を教えてくれた。 何でも、リアは別の団体”M”(自己啓発セミナー)での活動も始めたらしい。まあ、私に取ってはどっちも似たり寄ったりの怪しい集団である。リアはMでの活動にとてもエキサイトし、相当力を入れていたようだ。新興宗教を二足のわらじである。それを知った教祖・ジョニーが「我が教団に取って、そのような行為は適切でない。」と、彼女の宗教レベルを下げたとのこと。生徒から自分へ、全身全霊の献身があってこそカリスマティクなリーダーになれるのだ。ゆくゆくは歴史の教科書に載るような、世界のリーダーをジョニーは目指しているので、リアの行為は彼のプライドを傷つけてしまったのだろうか。ご存知の通り、我が祖国、日本は多宗教国家なので誰がどの宗教をどんだけ信仰してようが個人の自由である。 この概要を聞いた私は笑いながら思わず「仏教ってか共産党じゃないの!」と口にしてしまった。ポールもまた笑いながら「ほんと、ある意味その通りだよね。」と同意してくれた。そう、彼は解脱したのだ。 ポールはオブラートに包んだ話し方ではあったが、こういったエピソードに違和感を抱いているのは明らかであった。もう知り合って4年も経つのに、初めて彼と友達になれた気がした。お互いに腹を割って教団への疑問点を正直に話し合った。そして、教団の活動を抜きに語り合ったのは恐らくこの日が初めて。彼は同性愛者なのだが、カッコイイ男の子が通り過ぎた時は「思わず目で追っちゃったよ。」なんて気の利いたジョークも飛ばしていた。私が得意なポルノの話もしたし、ゲイのセックスライフについても色々と教えてくれた。来月、ポールはうちから4ブロック離れた所に引っ越して来るらしい。彼とは、これからは本当の意味で仲の良い友達になれる気がする。

自己啓発セミナーというか新興宗教に片足突っ込んだ話

宗教はデリケートな問題なので、知人との話題になるまでは少し億劫だ。 今回は私が体験したちょっと特殊な宗教体験談をまとめてみようと思う。 主人(当時は結婚前)が友達の紹介で訳のわからない自己啓発セミナーの合宿に参加した。 (アメリカでも無名の団体なので、きっと知っている人はほぼ皆無だと思う。無論、日本には進出していない。)仏教にインスパイアされた新しい哲学とムーヴメントがなんたらかんたら、小難しい単語を並べながら、とてもエキサイトした様子で私に感想を聞かせてくれた。正直、言ってる事の意味が半分以上理解できない。僕たちが今ここで立ち上がらなければ!と、ニューヨーク市長にでもなったのか?と思わせる、ただならぬ責任感を抱いていた。その責任感、家庭内でも生かせてくれればもっと助かるのに。 お分かりの通り、主人は完全に洗脳(マインド・コントロール)されていたのだ。 そして、数週間後に行われる初心者向けのレッスンに君も参加するべきだ!と鼻息荒く語り出したのだ。レッスン料を聞いて驚き、週末2日間の授業でなんと$200(日本円では16000円位)もするのである。ブラジリアン・ワックスでマXコをツルツルにした方が実用的ではないか。おっと、失礼! 私「まだ研修の身で残業代も付かない状況、そんなお金出せない。」 夫「じゃあ、僕が半分出すから!」 半分かい! それはさて置き、半分出すかどうか以前の問題である。主人は洗脳されているのだ。 もう20年近くも前になるが、日本を震撼させたあの某新興宗教を思い出した。 話を聞いていると類似箇所が多過ぎる。 ☆本山は田舎の何もない場所で、教祖のオッサンを取り囲ってコミューンで生活している ☆教祖が決めた、毎日やるべきエクササイズ、瞑想の時間がある。 ☆瞑想の時は教祖が決めた呪文を唱えなければならない。 ☆年会費を払い、教祖に献身すればする程レベル(階級)があがる など多数。 怪し過ぎる。 詳しい事は面倒なので聞き流していて覚えていないが、インド仏教にインスパイアされてなんとかなので、類似点仕方ないと言えば、仕方ない。私が趣味でやっているヨガの先生たちも、師匠に付いて合宿に行ったり呪文を唱えたりしているので、見る人から見れば十分怪しい。しかしだ、何が決定的に違うかと言うと、実在する教祖を盲目的に崇めている所だ。ヨガの先生たちは自分の師匠がいるものの、根本的にクリシャナやら象のオッサンの神様(ガネーシャ)やら、なんやら、詳しい事は知らんが現世には存在しない神様やお釈迦様を信仰し、何百年も語り次がれているマントラ(例のヨガの呪文)を唱えたりしている訳だ。 私「洗脳されてるで、自分。」 夫「君は何も分かっていない!レッスンを受講もせずに善し悪しを判断するのか!!世界は僕たちの手に掛かっているんだ!君には失望した!」 嫁一人食わせられない男が全世界の責任を背負おうとしている、身の程を知れ。 ともかく、主人は発狂しだしたら手に追えない。何も言っても聞く耳を持たない、自分が世界で一番正しいと思い込んでいる。私がいつもわざと折れてあげて解決しているのだ。 さすがに今回ばかりは折れる訳にはいかない。 しかし、口論に口論を重ね、私も泣きながら反撃したにも関わらず言い負かされてしまい、結果的にまた私が折れてあげたのだ。我ながら仏の次に寛容である。 今思えば、この時に別れておくべきだった。 こうして、初心者向けセミナーに強制参加させられたのだ。 セミナーはランチ付き、一日6時間近くのレクチャー。 教祖・ジョニー(仮名)が小難しい単語を並べながら話しているビデオ・クリップを見せられて、 それについての付加説明を授業担当の生徒2名が加えてくれるのだ。 気になる内容はというと、簡単に言えば仏教の概要を西洋人向けに噛み砕いて分かり易く、英語で説明している。 プラス、教祖独自のスピリチャルなアイデアが融合され、世界を救う為に新しいムーブメント起こさなければ、なんたらかんたら、という事だった。私も英語が100%理解出来る訳ではないので意味不明な内容が多かった。大学の講義が100倍簡単に思えるくらいに理解に苦しんだ。授業の終盤は、ビデオでジョニー(教祖)が映る度にイライラし始めた。いや、オッサン、それ仏教の二番煎じやないか。 私の親は「なんとなく仏教徒」なので、私も「取りあえず仏教徒」の家庭で育った。人が死んだら寺から坊さんを呼んで葬式をする。正月は神社にお参りに行く。結婚式はバージンロードを歩きたいので教会で挙げたい。宗教?細けえ事はいいんだよ!恐らく、日本人の大半が私と同じバックグラウンドで育ったと思われる。その中でも、私たち文化の一部である仏様の教えは、日々の生活から自然と頭に入っているのだ。私のスカスカの脳みそでは説明が出来ないので、http://hachisu-net.com/issei/kiso.htmlのリンクを見て頂ければ「ああ!」と思う方も少なくないであろう。… Continue reading

副業編・要するにエロい話がしたいだけやろ、おっさんら

キャバクラで働き出したものの、日本での業務経験がない私は営業の仕方が全く持ってわからなかった。 席についてみるものの、結局どうでもいい当たり障りのない世間話で終わってしまっていた。普段なにしてるの?出身は?ニューヨークどのくらい?彼氏は?何百回、同じ質問を繰り返したことか。これでは指名が取れないのは当たり前だ。 世の中のオッサン共は、結局は嫁より若い姉ちゃんとエロい話して、あわよくばお持ち帰るために高いお金を払ってわざわざキャバクラまで足を運んでいるのである。そんな単純な動機に気付くまで、約半年掛かってしまった。 最初はぶりっ子して、したたかな女子を演じていた。しかし、開き直って素の下衆いお笑いキャラに戻った時から、少なからず指名が増えたのだ。(もちろん、ボディタッチも忘れない。)完全なるお笑い要員である。まあ、元々キレイ売りが出来ないタイプだし、顔も十分アレなので、それはそれでオイシイ立ち位置だと内心思っていた。 ドレスの胸元にライターを突っ込んで、お客さんが煙草を吸う時に胸元から取り出すのが嬢のデフォルトである。もちろん、客は鼻の下を伸ばしながら「いいねえ、それ。」と喜んでいた。不運な事に、私はおっぱいが小さい、自慢のAカップである。なので、取り出して「いいね、それ」と言われたら「私ね、おっぱいが小さいんですよ、だから、ここにライター突っ込んで歩いてたら、すり抜けて、ドレスの下からライターが産まれてくるんですわ!」と交わし、笑いを取っていた。このネタだけは毎回滑らなかったので、自分の持ちネタとなり、毎度の掴みはバッチリだった。得意の自虐ネタ、貧乳ネタはなかなか好評であった。(おっぱい小さいんで、揉んで大きくして下さい♥でも、ここじゃダメですよ♥などの思わせぶり営業も忘れない。)まあ、人気嬢からは程遠かったが…。 控え室でも女の子達は下衆いエロ話をするのをためらわないので、私に取っては居心地の良さは抜群だった。出勤の度に女子会である。楽しいのなんの。おかげ様で、昼夜問わず、プライベートでも放送禁止用語を何のためらいもなく発してしまうようになってしまった。元々、エロい話は大好きだが、ここで働き出してから症状が更に酷くなってしまった。この悪化した病状の件を、友達に相談してみたところ「スカイラーちゃん、自分の下衆さを人のせいにしちゃあいけないよ。」と有り難い突っ込みを頂いた。まあ、今更もう失うものもないし、これからもエロ妄想で頭いっぱいの下衆アラサー女街道を突っ走っていこうと思う。

副業編・隠していた理由

結局、一年位キャバ嬢として働いていたのだが、クラブを辞める1ヶ月前になるまでキャバクラ勤務をしていた事は秘密にしていた。日本にいる仲の良い友達数人と母親、主人だけがこの事実を知っていた。(ご主人、反対しないの?との質問が飛んできそうだが、また別の話になるので、今回は割愛) 何故隠していたかというと、昼間の仕事でミスやヘマをした時に「ほら、夜働いてるから!」と揚げ足を取られるのが嫌だったからだ。また、足元を見られるんじゃないか、偏見を持たれるのではないか、という懸念も同時にあった。なので、本当は源氏名を本名と掛け離れた派手な可愛い名前にしたかったが、本名と大差ない源氏名となった。(スカイラーなのでスカイちゃん、と同じ要領)この理由は、私がクラブで働いている事を知らない友人と街を歩いていて、お客さんや同僚と擦れ違った時に源氏名で呼ばれるとマズいからだ。スカイラーなのに「いちごちゃん!」と呼ばれてしまったら、あら大変。あんた、なんで、いちごちゃんなの?と、なってしまうのを恐れたからである。もっと言うと、フェイスブックで連絡を取りたがる顧客がいた。アカウントは持っていない、とはぐらかしていたものの、アカウントを作れとしつこかった。かくいう私はフェイスブック依存症、客をフレンドにしてしまうと既婚者であることがバレてしまい、もうクラブで働けなくなる。なので、わざわざ客用のGmailアカウントからフェイスブックの別アカウントを作成し、普段は絶対に使わない上目遣いのキメ顔写真(アー写と私は呼んでいる)を使用、誰とでも友達になれるフェイスブックグループに登録し、見ず知らずの人達にリクエストを送って架空の友人を作って怪しまれないように徹底した。我ながら用意周到だ。おかげさまで、クラブで働いていた約一年間、誰にも気付かれないまま副業をこなせたのである。余談だが、顔写真を載せているので、たまに本物の友人が勘違いしてフレンドリクエストを送って来るので、チョット焦る事がある。(本物のアカウントは顔写真を載せていない) 出版社での地獄のサービス残業、週末に小売り店でのアルバイト、キャバ嬢を週2-3回。仕事を掛け持ち3つ、恐らく、人生で一番良く働いた一年になるであろう。 皮肉な事にキャバ嬢だった経験を友人にカミング・アウトしてみると、不思議と距離が縮まった。これは、私の勝手な思い込みなのかもしれないが。女の子は夜の世界に少なからず興味があるので、質問が飛び交い、話が弾む。中には、私も昔やってた!などの展開になったりした。大学時代の男友達にカミングアウトしてみた時も真面目な君がどうして?と、興味津々で質問攻めに遭った。(お前がドレス着て媚び売ってる姿が想像つかない、とのこと)色眼鏡で見られるのを覚悟で、色んな人にカミング・アウトをしたのだが、あらそう、大変だったわね、と、思いの外あっさっりした反応が多かった。もしかしたら、内心は引いているのかもしれないけれど、実際そのような印象はあまり感じなかった。 元々、隠し事が苦手な性格なので、クラブでの経験を告白した瞬間に肩の荷が降りた。同時に、上記の如く私のこの経験に興味を持ってくれる事をきっかけに友達との仲が深まった事もまた、キャバクラを経て手に入れたポジティブな要素の一つだと思う。

副業編・キャバ嬢だったあれこれ

残念な顔に産み落とされたが故に、全く人気がなく全然指名が取れなかった屈辱的なキャバ嬢ではあったが、世の中の違うサイドが見る事が出来て経験としてはプラスになった。 客層は良かった方だと思う。ほとんど駐在員のおじ様相手だったので、身元不明な失礼な人も少なかった。日本でキャバ嬢をやっていた友達から聞いた話だと、「ブス」だの「チェンジ」だの、面と向かって言われるとの事だったので覚悟していたけれど、幸いブスと罵られる事は一度もなかった。(でも、チェンジはされた事がある。それが何を意味するかはお分かりだろう。)仕事なので、オフィス同様、愚痴を言い出したらキリがない。良かった点を思い出してみる。女の職場なので、オーエル同様、泥沼かと思いきや女の子達は案外みんな、割り切ってさっぱりしている子ばかりだった。勘に触るぶりっ子は殆ど覚えていない。お客さんの前でも、控え室でも、言いたい事をはっきり言う子が多かったので一緒に居て楽しかった。客の前ではある程度女優の私たちだが、それでも女特有の裏表を感じることはほぼ皆無だった。私も最初はお客さんの前では取り繕って可愛い子ぶっていたけれど、限界を感じて素のお笑い自虐キャラに戻った瞬間、指名が増えたという皮肉。男性スタッフも常に気を使ってくれていたし、謙虚で腰の低い人たちばかりだった。職場にもよるのかも知れないけれど、働いてみて居心地の良さに驚いたものだ。プライベートでオフの日には皆でピクニックに行ったり、と、全体的に仲も良かった。目標を持って努力している子がほとんどで、本業の女の子はほとんど居なかった。だから全体的にゆるかったのかもしれない。日本で水商売経験のある女の子からは、日本はもっと厳しく、女の泥沼劇も日常茶飯事とのこと。私が居た環境は少し特殊だったとは思う。 仕事内容が自分の性格と合っていないので、もう二度とやりたくない。でも、あの居心地の良い職場と華やかな夜の世界は、また戻りたいと思わせる誘惑に満ちている。ここで戻ってしまうと、もう帰って来れない。私は夜の世界に足を踏み入れた事は一切後悔していないし、二十代の間に良い経験が出来て良かったと思っている。この経験をこれからも隠すつもりはない。忘れてはならないのが、水商売の経験があると言うだけで偏見で見られたり、売春婦の如く見下される可能性がある。職業に貴賤はなし、という言葉はあるけれど、現実世界はそうはいかない。過去はもう変えられない。ちょっと大げさかもしれないけれど、キャバ嬢だった過去という十字架を背負って余生を過ごさなければならない事実は、私がいくつになっても、もう避けられないのだ。

エロ媒体への道のり / A long journey to porn

昭和生まれの私が子供の頃はインターネットが普及する前だったので、エロ本・エロビデオなどのエロ媒体へのアクセスが限られていた。それはそれは、長く険しい道のりで、いかに親や大人の目を盗んでお宝へありつくかを試行錯誤し、時には失敗して大目玉を喰らったりとエロ本一つ手に入れるのにも計り知れぬ苦労とスリルを味わったものだ。しかし、平成生まれのティーン・エージャー達はグーグル検索のクリック一つでエロ媒体を手に入れる事が出来る、非常に羨ましい。しかし、あの何とも言えないハラハラ・ドキドキの大冒険を、現代っ子は味わう必要がないとなると、それはそれで少し悲しい気もする。 I sometimes feel sentimental when I Google porn. When I was a kid, it was difficult to obtain porn. The Internet was not the vast reservoir of porn that it is now,… Continue reading

これ、セクハラじゃないから!ギリギリセーフだから!

私の直属上司はモテないアラフォーのおっさんだった。 私と彼との距離、50cm。(当時、あまりにも近過ぎて測った) 距離感、と言うと恋愛の始まりみたいにドキドキする単語であるが、私は彼とのこの距離感のお陰で不眠になった、精神病的な意味で。 仮に上司が福山雅治だったら、法律的にマズい恋愛に走っていたかもしれない。 50cm、なんて遠い距離なの!と嘆き、自慢のAカップを寄せて上げて、用もないのに話しかけたり、一生懸命仕事に励んで出勤が楽しかったはず。話がそれるので、妄想はここまでにしておく。 しかし、モテないオッサンもまた、オフィスの売れ残り女と並ぶくらいにタチが悪い。 彼らは、行き場のない性欲をむっつり、ねっとりと解消するのである。 実際にあった会話例 私「昨日、ルームメイトが逮捕されて留置所送りになったんですよ!無事帰って来れましたが、どうなるかと思いました。」 上司「ええ!大変だったね、どうして逮捕されたの?」 私「立ちションしてたところを、警察に見つかったみたいです。」 上司「えっ、田上さん、立ちションってどういう意味?」 ——————————- お分かりの通り、オッサンはここで恥ずかしがってモジモジする若い女子社員が見たくて、見たくて仕方がないのだ。 「立ちション」について、恥じらう二十代女子社員の口から説明されたい。 官能小説か! ここで負けてはダメ。 ——————————- 私「その辺でオシッコすることですよ。」 上司には申し訳ないが、下ネタが大好物の私に恥じらいを求めた所で、期待に添える反応は出来ない。 私の愛想のない反応に、上司は少々がっかりした様子だった。 部長、プレイボーイ買ってあげるから、今日はもう先上がって下さい。 なんなら、無修正のポルノサイトのリンク送りましょうか? エロい単語を20代女子社員に言わそうとして、恥ずかしがる姿を楽しむオフィスのおっさん共! あなたの妄想を職場に持ち込むのはやめて下さい、不謹慎です。 追記 言うまでもなく、この手のオッサンは40代女子社員に同じ事はしない。 圧倒的に権力が下であるのと同時に、こんな事を言った暁には、アラフォー女の被害妄想故に「セクハラ」のレッテルが貼られ、売れ残り女ネットワークの噂話の格好の餌食となり退職に追いやられるからだ。 そうゆえば、うちの上司が若い子にねっとりいやらしい事を言わせようとしている場面にお局が出くわし、「面白くないし、気持ち悪いですよ。」とばっさり切られていた。上司の顔色が変わった時のおもしろさといったら、もう。オッサンはオッサンなりに、オフィスでのヒエラルキーの立ち位置を理解している様子であった。

終わりなきバブル

私の年齢で上司に当たる人たちは皆、バブル世代に青春を過ごしている。 これがいかにやっかいであるかは、経験した人にしか分からない。 今で言うAKBの誰々ちゃんの話をしていると、必ずと言っていい程「まあ、昔で言うおにゃんこクラブみたいなもんよねー。」と比較してくる。流行りの音楽や芸能人、ファッションの話をしても必ず80年代バブル世代をリファレンスに入れてくる。例えば、今年流行りのワンピースがあったとすると、聞いてもいないのに80年代に流行った服の型を事細かに説明してくる。当時の聖子ちゃん(松田聖子)やら百恵ちゃん(山口百恵)、チェッカーズがいかにセンセーショナルだったか、タケノコ族やらアッシー君やらメッシー君やら(ご飯食べる時は女性は財布を出さない、タクシー代も男に貰う、なんたらかんたら)徹底的に死語を並べてくるのだ。自分たちが過ごした80年代がいかに素晴らしかったかを熱く語ってくれる。 私は個人的に『日本の80年代』が大嫌いだ。アメリカの80年代と言うと、音楽と言えばマイケルジャクソンが代表的。ファッションも結構可愛いと思うし、今また80sファッションが流行しているのも頷ける。しかし、日本の80年代というと全てがアメリカの二番煎じ。手足が長く彫刻の様なアメリカ人が着てカッコイイ服は、ずんぐりむっくりの日本人が同じ服を着てみた所で彼らとは土台が違うのだ。経済的には豊かだったのかもしれないが、欧米に対するコンプレックスが浮き彫りにされている感がどうも否めない。また、「バブル」は日本特有のものらしく、成金の如く散財するカルチャーも「米国人になりたい日本人」を思わせ、痛過ぎてどうも受け付けない。申し訳ないが、日本はどれだけ頑張ってもアメリカの20年遅れで、永久に追いつくことはできないのだ。 60年代、70年代は文化や音楽、歴史的背景など、世界的に憧れている人をよく耳にするし個人的にも刺激的な世代だと思う。90年代の音楽が大好きな私は、その世代に青春を過ごした人達の話は、目を輝かせていつも聞き入っている。また、90年代は他の世代に比べると全体的にインパクトが弱く、批判の対象になりにくい。これは個人的な好みなので賛否両論はあると思うが、以上の理由から私は80年代に青春を過ごした日本人の話だけはどうしても興味を示すことが出来ない。 戦争経験者の死んだ祖父が言う「私達が日本の土台を作った。」 60ー70年代が言う「私達が日本の土台を作った。」 バブル世代が言う「私達が日本の土台を作った。」 さて、どれが一番ふざけているでしょう? 話がそれた。 何が言いたいかって、仕事の休憩中に軽いトークで今流行の音楽やファッションの話をしているのに、バブル世代の過去の栄光話で水を差されるのが我慢ならない。オフィスのお局や上司のファッションセンスもまた、なんとなくバブルの名残を匂わせるのも手伝い、私を更に苛つかせる。 バブルはとっくに崩壊しているではないか。今の世界的な不況のニュースを聞けばお分かりの通り、またあの世代がやってくるとは到底思い難い。あなた達の青春はもう、とっくに終わっている。そんなに昔話に華を咲かせたければ、同世代で集まるなり同窓会に行くなりして頂きたい。 余談だが、玄関先が暗くて靴が見つけられない女の子に、お札に火を灯し「お嬢ちゃん、どうだい、これで明るくなっただろう。」と手助けする成金。私は80年代バブルのオッサンが一万円札を燃やしているのかと思い込んでいたのを、先輩に「それ、大正の成金が百円札を燃やしている風刺画だよ。」と訂正された時は、私が燃えてなくなってしまいたくなった。